ガキ大将を投げ飛ばした女性体育教師
ちょっといい話を聞いた。野村克也さんである。ヤクルト、阪神、楽天で監督として指揮を執り、選手としても通算657本塁打、戦後初の三冠王(1965年)に輝いた日本球界の大御所は小さい頃に、いじめにあっていたという。
「うちは貧乏で小さい頃から新聞配達をしてたんだ。1つではお金が足りない。だから2つ掛け持ちで。それが終わると学校が始まる直前だった。いつの日か、校門の前に3つ年上のガキ大将を含め数人がおってな、カバンの中身などを全部出されたりして。いじめや。オレ、登校拒否したこともあったんや」
もう70年以上も前の話だが、野村さんの脳裏には焼き付いていた。つらい日々だった。そんな窮地を救ってくれた存在があったという。
ある日、体育の授業で砂浜で相撲をとった。トーナメント戦で勝ち上がった野村さんは決勝でガキ大将と対戦。「同学年なら負けないって気はしてたけど、いかんせん体力差があった。負けるわな」。すると体育教師が立ち上がった。
「私としよう」
そのガキ大将を投げ飛ばした。その体育教師は女性だった。
「大人とはいえ、女性に負けたことで、いじめたやつは“ボス”でなくなった。それ以来、その子はシュンとしてな。オレもいじめられなくなったんだ。その子も仲間になった気がしたな」
昨年10月、文部科学省が公表した2016年度に全国の小中高と特別支援学校が認知したいじめは、過去最多の32万3808件で前年度比43・8%増だった。
これまで対象から外されていたけんかやふざけ合いなどで一方的に心身の苦痛を感じるようなものも含め、「積極的に認知を進めた」(文科省)結果が増加要因の一つとされる。いじめを広く捉えて警鐘を鳴らすのはいい。あってはならないことだが、認知しながら目をそらしてしまうケースも、まだまだあるだろう。
野村さんが体験したような、教師のさりげない、それでいて勇気あるコミュニケーションが解決に導くこともある。いじめ対策として、教師の勇気もキーワードの一つではないか。
「あの先生のおかげでいまのオレがある。野球のきっかけもくれたし、感謝せにゃいかんね」とは野村さんの述懐である。
そこには人生を変えてくれた恩人への「おかげさま」の思いがあった。人は誰でも、必ず誰かの支えがあって生きている。「ノムさんの教え」としてお説に聞き入った。