ファンの名のもとにオンラインいじめ
米歌手アリアナ・グランデさんと婚約しているコメディアン、ピート・デイビッドソンさんが最近、インスタグラムのアカウントを消した。
人気コント番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演するデイビッドソンさんは、「インターネットは邪悪な場所だ。自分にとって気持ちのいい場所じゃない」と最後に書いて、インスタグラムを後にした。
アリアナさんも、自分も同じようにするつもりだという。ソーシャルメディアの攻撃性は本当に「いやになる」とツイートした。
ピートさんは、アリアナさんと祖父の写真に「なんて可愛い子ちゃん」と書いたのを理由に、アリアナさんの一部の熱烈ファンから標的にされていた。そしてインスタ・ストーリーに次のように書いた。
「いや、なんでもない。いや、なにもなかった。いや、なぞめいたことはなにもないよ。ただ単にもうインスタグラムはやりたくない、それだけ。ほかのソーシャルメディアも。インターネットは邪悪な場所だ。自分にとって気持ちのいい場所じゃない。リアルな人生は最高なのに、なんでネガティブなエネルギーに時間をさかなきゃならないんだ。こんなことわざわざ言わなきゃならない、そのこと自体、僕の言ってることの証明になってる。みんな大好きだし、いつかはまた戻ってくるはずだよ。
皆さんおなじみのまぬけ
ピート」
2人が今年5月につきあうようになってから、ピートさんは前にも「アリアネーター」と呼ばれるアリアナ・ファンに攻撃されていた。
そして、攻撃的なファン集団の出現は、これが決して最初ではない。
カナダ人作家ワナ・トンプソンさんも、この攻撃的なファン集団心理を身をもって経験した。ラップ歌手ニッキー・ミナージュさんのファンとして、ツイッターでニッキーさんをやんわりと批判したからだ。
ワナさんは、「ニッキーがもっと大人っぽい内容を出したら、すごい最高なのに。だってそうでしょ。単にこれまでの恋愛を振り返ったり、部下がいるってどういうことかとか、何が大変だったかとか。もうそろそろ40なんだし、新しい方向性が必要」とツイートした。
ワナさんはBBCニュースビートの取材に対して、「ありとあらゆる過激な表現で攻撃された」と話した。
「(ニッキーさんのファンは)娘の写真を見つけてきて、娘の外見を攻撃していた。まだたった4歳なのに。何よりそれが一番きつかった」
ニッキーさん自身も参加したようで、ワナさんにツイッターのダイレクトメッセージで直接接触し、自分が「金持ちで有名で頭がいい」からワナさんは嫉妬しているのだと書いてきたという。
ニッキーさんはダイレクトメッセージで、「ブスのあんたが24のとき、あんたはそろそろ30だったの? 私は34。それでそろそろ40って?w それにそれが私の音楽と何の関係があるの?(中略)私が金持ちで有名で頭がよくてきれいだから嫉妬してるだけだって、そう認めて失せな!」とワナさんを罵倒したという。
ソーシャルメディアやメールで送られてくる内容のストレスはすさまじく、ネットを離れてもワナさんの生活に影響した。本を読んでいても、何かを書いていても、運動をしていても集中できなくなったという。
BBCニュースビートは、ニッキー・ミナージュさんの所属レコード会社にコメントを求めている。
「私は強いけど、もし強くなかったら?」
悪質なファン行動がどれだけの危害をもたらすか、発言していく「社会的責任がある」とワナさんは考えている。
「私は自分がとても強い人間だと、それを誇りに思っている。でももし私にその強さがなかったら?」
「希死念慮のある人、自傷的な人にこんなことがおきたら、とても危険なことになりかねない」
「オタクども、ほかにやることみつけろ」
「ファン」という大義名分をふりかざして極端な行動に出るのは、ポップスターの若いファンに限らない。中年男性も同じようなことをする。
今年6月には、米女優ケリー・マリー・トランさんが人種差別的な攻撃を受けて、インスタグラムを追われてしまった。昨年公開の映画「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」にローズ・ティコ役で出演したケリーさんは、41年続いてきた人気シリーズが抱える分厚いファン層の力をもろに浴びてしまったのだ。
そうした事態に、公開第1作から主役ルーク・スカイウォーカーを演じてきた米俳優マーク・ハミルさんは怒り、ソーシャルメディアで共演者を攻撃する「オタクども」に「もっとほかにやることを見つけろ」と告げた。
「最後のジェダイ」のライアン・ジョンソン監督も、ケリーさんを攻撃するようなファンを「manbabies(おとなの赤ちゃん)」と呼ぶなどして批判し、ケリーさんを擁護した。
今年7月のサンディエゴ・コミコンでは、アジア系女性の集団がローズの扮装をしてケリーさんを応援した。
衣装を手配したキース・チャウさんはBBCニュースビートに、「『最後のジェダイ』についてなにかしら文句を言いたいファンボーイたちが、ケリーを標的にしてしまった。作品へのファンの文句に言い分があったかどうかはともかく、ケリーに嫌がらせしたのはまったく許されない」と話した。
キースさんはケリーさんと同じように、アジア系米国人だ。スター・ウォーズという巨大人気シリーズに、ローズ・ティコというアジア系キャラクターが重要な役回りで登場するのは、多様性にとって「とてつもない」瞬間だったという。
しかし、ハードコアなファンにはその多様性が許せず、そのせいでケリーさんが狙われる羽目になった。キースさんはそう考えている。
「作劇の上でキャラクターについて批判するのはともかくとして、その作劇上の問題を人種や性別のせいにするのは、別の話だ。映画について何をどう思うからといって、それを理由に誰かをオンラインでいじめたくなるなんて、そんなことはおかしい。単純な話だ」
舞台裏の対策は
オリビア・エドワーズ=アレンさん(24)は、英国の大手レコード会社に所属する複数の「メインストリーム」なポップスターのソーシャルメディア対応を支援する。
ソーシャルメディアによって、一般人と大好きな有名人の関わり方は変わった。中には、双方向の関係性があると考える人もいるとオリビアさんは言う。
「接触の機会がとてもたくさんあるし、スターの好みを知る方法もとてもたくさんある」
「そのおかげでファンは、自分が相手のことを知っているような気になる。そして、自分は相手のことが分かっていると思うようになると、相手が自分にどういう行動を期待しているか自分は分かっていると、そう思うようにもなる」
ワナ・トンプソンさんは、有名人のファンが特定の個人を攻撃しはじめた場合、その有名人には、間に割って入る責任があると言う。
「だれかがやりすぎだと思ったら、『ちょっと、もうそこまでにして』と言うべきだ」
2017年に米歌手レディ・ガガさんのファンが集団で英歌手エド・シーランさんを攻撃し、シーランさんがツイッターから撤退した際には、レディ・ガガさんはインスタグラムでシーランさんを称え、「第一線にいるからといって、ただそれだけでアーティストを攻撃していい理由なんかない。みんな、もっと優しくなれるようがんばって。それが人類への最初の責任であるべき」と書いた。
こうした問題に、自分たちは舞台裏で対応しているのだとオリビアさんは言う。
「こういうことが起きていないか、常に気にして目を光らせている。今のソーシャルメディアでは、巨大な感染症みたいにこういうことが広がっていて、ほんの些細なことからでも重大な影響が出ることがあるので」
いきなり攻撃し始めるかも
DCコミックスのファンも最近、醜い側面をむき出しにした。新しいテレビ・ドラマ「タイタンズ」の最初の予告編が公表され、米女優アナ・ディオップさんの出演が発表されると、セネガル出身の女優がオレンジ色の肌の異星人を演じることに多くのファンが反発したのだ。
人気アニメ「リック・アンド・モーティー」に登場するマクドナルドのソースを、マクドナルドが限定的に復活させた際には、手に入らなかったと怒るファンがマクドナルドの店員や利用客に嫌がらせをした。
オンラインゲームのコミュニティでも、白人男性が女性や有色人種の利用者に嫌がらせをするケースが頻発していると言われる。
BBCラジオの司会者グレッグ・ジェイムズさんも今年、米歌手テイラー・スウィフトさんのファンに猛攻撃された。ラジオの公開録音で激しく歌い、踊った直後のテイラーさんに、「シャワーを浴びた方がいいかも」と声をかけたからだ。
ソーシャルメディアのプラットフォームにできることは
ツイッターは「攻撃的な行為」を容認しないと表明している。インスタグラムは、他人の人種や民族性、性的指向や性自認を理由にした個人攻撃は「絶対に許されない」と定めている。
しかし、特に嫌がらせや個人攻撃がさかんに行われているのも、ツイッターとインスタグラムだ。
英シンクタンク「ウェブルーツ・デモクラシー」のアリーク・チョウドリさんは、フェイスブックの企業ページで求められるような「半匿名性」がツイッターやインスタグラムでも役に立つのではないかと考えている。
「半匿名」が条件の場合、たとえプロフィール上では匿名でも、そのプラットフォームを利用するには身元を証明しなくてはならない。
「実生活では絶対にやらないようなことを、オンラインでもやりにくくする効果があるかもしれない」とアリークさんは言う。
アリークさんは、ツイッターで相手をミュートしたりブロックしたりできる機能も悪くないが、問題そのものの対策にはなっていないと言う。
「どれも事後の対応なので。予防的な対応が何もない」
しかし、究極的な責任はソーシャルメディアのプラットフォームと同じくらい、攻撃的な投稿をする当事者にあるはずだとオリビアさんは考えている。
「誰でも自分の言動について、責任をとるべき。通りすがりの誰かに決して言わないようなことを、オンラインなら言ってもいいはずがない」