2018年1月5日、愛知県名古屋市名東区のマンション9階から、同市立中学校の女子生徒・真美(仮名、当時13)が転落し、死亡した。愛知県警は自殺と判断した。名古屋市教育委員会は遺族の求めに応じ、「いじめの重大事態」として、調査委員会「名古屋市いじめ対策検討会議」で、いじめの有無や因果関係などを調査している。遺族の父親が、筆者の取材に応じた。
真美は2017年9月1日、関西地方の学校から転校。父親の転勤が理由だった。当初、友達と離れるのが嫌だったのか、真美は引越しを渋ったが、父親が「バラバラになるのは嫌だな」などと説得し、最終的には真美は納得した。1学期が終わる7月末には名古屋に来ていたが、2学期からの転校という形をとり、11月からソフトテニス部に正式入部した。
亡くなった真美(仮名)
「通学路や駅までのルートを確認し、家の近くを一緒に見て歩いた。転勤族が多い場所のほうが転校生に慣れているだろうと思い、学校を決めた。家は学校の近くのマンションにした。転校後は家と学校の往復なので、娘の行動範囲は広くない」
自殺当日は、テニス部の合宿。集合場所に行くはずだったが…
自殺したのは2018年1月5日。7日までの2泊3日の予定でソフトテニス部の合宿があり、真美は朝早くに家を出た。集合時間は午前7時前。目覚ましは午前5時にセットしてあった。自分で起きて、一人で家を出たため、朝は、家族と会話していない。そのため、最後の会話は前日の夜だったという。
父親「明日は部活で早いんでしょ」
真美「うん」
父親「早く寝なさい」
真美「わかった」
どこにでもある家族の会話だ。
合宿の前日に、ユニフォームの背番号をつけるボタンを縫い付けていた。写真は、そのユニフォーム。
6時45分頃に「まだ来ていない」と連絡があった。父親は「とうに家を出たはず。もしかして迷子になっているのでは?」と思った。引越して4ヶ月。真美は土地勘もない。先生たちも探した。さらに20分ほど過ぎても「まだ見つからない」との連絡があり、学校とは反対方向にある駅のほうも探すが、見つからない。
その間、近隣住民がジャージ姿の女子中学生を発見し、「女の子が血を流して倒れている」などと110番通報がされていた。そうとは知らない両親は、50分ほど経って、「これはおかしい」と探しに行こうと外に出ると、パトカーのサイレンがなっていた。エレベーターで降りると規制線が張られていた。
父親「警察に連絡しようと思っていたんですが、うちの子が見つからないんです」
警察官「女の子ですか?特徴は?着ていた服は?自宅は?」
詳細に質問された。警察を自宅に案内すると、刑事が入ってきた。「娘に何かがあったんだ」と、とっさに父親は思った。刑事は本棚やノートを見ている。そのうち、捜査が落ち着くと、「9階に来て欲しい。荷物が通路にあるので、見て欲しい」と言われた。
父親「娘の荷物です。買ってあげたバッグです。間違いない」
自宅に戻ると、警官から「病院に行っていただきたい」と告げられた。胸のざわつきを抑えつつ、車で病院へ急いだ。病院には警官が待っており、緊急治療室へ案内された。いつもと変わらない寝顔で横たわっている真美がいた。
父親「先生、寝ているんですよね?」
医師「すいません」
父親「苦しんだんでしょうか?」
医師「即死だと思います」
顔にけがはない。寝ているような表情だったという。亡くなった事実を受け止めるしかなかった。
「涙が止まらなかった。口からでる言葉は、『なんで?』しか出なかった。何度も何度も…」
遺書もメモもない。しかし、直前に気になる出来事が…
遺書やメモはない。日記も書いていない。携帯電話は使っていない。「みんなは持っているけど、私は要らない」と言っていた。関西時代は、LINEも母親の携帯を使ってしていた。引越し後は、携帯を使っているのも見たことがないというから、SNSで悩みを打ち明けている可能性も高くない。
直前の出来事で、気になることはなかったのか。
「年末の12月28日までは部活だった。その後は、家で恋愛ドラマの再放送を一緒に見ていた。お餅も食べていたし、成人式には『着物も着ないとなあ』などと言っていた。1月3日まではほとんど一緒にいて、リラックスしていた」
ただ、部活が休みになる前の12月24日。有志で行われるソフトテニス部の試合「クリスマスカップ」があった。そこで何らかのトラブルがあったようだが、そのことについては会話していない。翌日も「疲れた」と言うだけで、そのまま寝てしまうようになった。
「妻は何かおかしいと思っていた。普段は聞かなくても、何でも話をする娘。しかし『試合どうだった?』と聞いても、『うーん』と言うだけではっきり言わない。どんなに疲れても必ず着替えて休む娘だが、25日から28日までの4日間は着替えずに寝ていた。娘の中では、激動なことが起きていたのではないか。だから疲れたのではないか」
ちなみに、この部活動では土日も平日もほぼ休みなし。土日は午前8時から午後4、5時まで。ブラック部活と思われるルールもあった。ルーズリーフの手書きで書かれた詳細なルールを手渡されていた。
調査でのヒアリングでは、けがで休んだとしても、グラウンドを3周走らなければならず、休むたびに3周ずつ増えていく。休みにくい雰囲気があり、休むと行きたくなくなり、退部した生徒もいる。挨拶が他の部活よりも厳しく、先輩が気がつくまで挨拶するというルールがあった。
ただ、部活ノートに真美は毎日のように気が付いた点を書き続けていた。しかし、着替えずに寝てしまった12月25日は1行だけ。それ以降は書いていない。
「部活ノート」。最後は1行のみ。
「9日の始業式で校長が全校生徒へ話をしたが、内容を事前にもらった。そこには『転落死』とあったので『自殺』にしてもらった。すぐに調査が始まった。最初は無記名式でアンケートをしてほしいと言ったが、学校や教育委員会側は『無記名では後追いがしにくい』と言っていた。でも『無形名でないと、書ける人も書けない』と伝えたが、記名式での実施を押し切られた」
アンケートにはいじめの関連する記述があったが、調査委での調査継続は遅れる
対象も当初は1年生のみと聞かされた。「なぜ1年生だけなのか?意味がない」と主張した結果、全校生徒が対象となり、不登校と病欠以外の生徒が記入した。
アンケート当日の1月10日。指定された時間よりも先に、父親は学校へ出向いた。「何かがひっかかっていた」というので、一番最初に内容を確認した。「部活はいじめがひどいと聞いている」「上下関係が厳しく、いじめがある」など、いじめに言及した内容もがあった。原本のコピーをもらうこともできたが、確認後に校長が最初に口にした言葉が忘れれない。
「どうですか。お父さん。学校側が隠そうとしてないことがお分かりですか」
その発言に対し、父親は怒りをぶつけた。
記名式でも、いじめの可能性が高いことがわかり、父親はすぐに無記名式でのアンケートの実施を願い出た。学校側は「この記名式アンケートの調査でも大変」との理由で、なかなか実施を決めなかったが、結局2回目は1月23日に無記名で実施した。
1月末、父親は「いじめの重大事態としてとらえているのか」と教育委員長あてに質問状を出すと、「とらえていない」との回答だった。しかし、父親は納得がいかず、何度も教育委員会へ聞いたが、毎回、「証拠がない」と言われるだけだったが、ようやく、2月中旬、市教委は「いじめの重大事態」として扱うと遺族に伝えた。
「『娘が○○さんから無視されることがあると言っていた』と市教委に伝えた。文科省には『重大事態ではないか』と報告は上げているようですが、理由は私が伝えた内容だけが記載されている。アンケートでいじめの可能性が疑われたことは書かれていない」
また、アンケート内容から関連する生徒91人をしぼり、面談の同意があった66人の聞き取りを行った。しかし、アンケートから浮かんだいじめのキーマンとなる人物に対しては、「親が協力をしてくれない」と、聞き取りはされなかった。
4月、市教委は「いじめの有無もふまえ、直接的な自殺の要因は特定できない」との報告書を提示した。しかし、アンケートには「いじめ」に関すると思われる記述があるため、納得いかない遺族は、調査委員会の設置を求めた。市教委はその求めに応じ、「いじめ対策検討会議」で調査を継続すると決めた。ただ、調査委員には遺族推薦の委員を入れない方針をとり、9月からいじめの有無を調査している。
名古屋市いじめ対策検討会議条例によると、検討会議は、いじめ防止対策推進法によるいじめ防止に関する措置をする「常設委員会」と、いじめによる自殺や不登校など「重大事態」が起きた場合に調査をする組織とを兼ねていることになる。いわゆる「第三者性」はなく、内部調査に近い。