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『いじめ』の克服法 よしもと芸人伝授

「もう20年」…かけがえのない相方

お笑いコンビ「オレンジ」の田中哲也さん。実は中学時代、いじめに遭い、いま、その経験を小・中学生の前で語っている。

田中さんにとって「いじめ」とは、そして中学生に伝えたいことは…。

お客さんで埋まる満員の演芸場…。名古屋市中区の大須演芸場だ。若手からベテランまで、人気芸人のネタで客からは笑いが次々と起こる。

名古屋を拠点に活動するお笑いコンビ「オレンジ」。背の高い泉聡さんがボケ担当で、アフロで金髪なのがツッコミの田中さんだ。

結成21年目のオレンジ 左が田中さん、右が泉さん

二人はよしもとのお笑い養成所の同期。結成21年目だが、田中さんはツッコむところでネタが飛ぶことがいまでもしばしばある。

ネタ中の泉さん:
「それは哲ちゃんが言うてくれなあかんやんか、またネタ飛んでる~。ええ、ええ、大丈夫。わからへん、わからへん」

それでも、泉さんが田中さんを上手く「イジって」笑いに変えてくれる。

泉さんは田中さんがネタを飛ばしてしまっても受け止める

泉さん:
「僕らの漫才っていうのは、ボケも僕でツッコミも僕。本当は彼が天然で間違えたところっていうのが一番ウケるから」

田中さん:
「イズさん(泉さん)、なんだかんだ言いながら優しいんですよ」

泉さん:
「こんなネタも飛んでポンコツなね…」

田中さん:
「そう言って20年いっしょにいますからね」

泉さん:
「俺はいるつもりないけどね」

田中さん:
「もう20年経ってるよ イズさん」

中学校の陸上部で同級生5人から「いじめ」

オレンジの田中さん 小中学校を訪れて「いじめ」をテーマにした講演を行っている

ある日、田中さんが訪れたのは愛知県一宮市の中学校。

お笑い用の衣装を着て、生徒たちに芸人という仕事について話したり、高齢者施設を回って実演しているタオルを使った体操を披露したり。

笑いを取ることは忘れませんが、この日のテーマは「いじめ」について。

愛知県一宮市の中学校で『いじめ』をテーマに講演する田中さん

田中さん:
「中学校に始まって、10年間くらいいじめにあっているんですね。何がきっかけかっていうと、僕はね、陸上部だったんですね。陸上部で同級生の5人から、殴る蹴るの暴行を受けたりとか、色々やられたんですよ」

田中さんは、1978年三重県四日市市生まれ。中学時代、壮絶な「いじめ」に遭っていた。

中学生のときの田中さん

陸上部で、走るのが遅かった田中さんは怒られるのが嫌で、練習を休むようになると、そのことがきっかけでいじめられるようになったという。

親に悟られないため、日が暮れるまで家には帰らず、近鉄四日市駅前の商店街を1人で歩き回っていた。

田中さん:
「とにかく人と接することが、『何か言われるんじゃないか』っていう不安がいっぱいありましたんで、めっちゃ転々としてましたね」

自殺を考え、実際に行動に移そうとしたことも隠さない。

田中さん:
「『命なんて要らんわ』と思ったわけですよ。自殺をしようって考えるわけなんですね。父親と母親が外に買い物に行った時にビニールの袋があったんですね、それを首に巻いてグーッて絞めてたんです」

高校では、いじめられないようにと一時不良グループの使いっ走りになったことも。しかし、気づけば自分の周りに友達はいなかった。

そんな田中さんをかわいがってくれた祖母のはつゑさんも、高校2年のころ、他界…。

田中さんを可愛がっていたという祖母のはつゑさん

田中さん:
「おばあちゃんがいつも口癖で言ってたのが、『哲ちゃんはおもしろいね』、『おじいちゃんおばあちゃんに人気が絶対出るわ』、『テレビで哲ちゃんが出る姿見られたらうれしいわ』って言ってたんです」

 大先輩の「宮川大助・花子」も支える理由

大好きだったおばあちゃんが残した言葉で、お笑いの道へ。養成所で知り合った泉さんと、コンビを組んだ。

気づけばもう20年。大先輩たちは…。

宮川花子さん:
「(Q.オレンジさんはいかがですか?)あかんよ全然。ええこと考えられへん。ちょっと2時間ほど待ってくれるか(笑)」

宮川大助さん:
「『オレンジ寄席』、何年目になるの?」

泉さん:
「もうこれで5回目ですけども。年に数回やるんですけど、もう(大助・花子師匠は)最初から全部来ていただいてるんで」

『オレンジ寄席』に毎回参加してくれる、宮川大助・花子さん。花子さんは、ステージ衣装は「オレンジ色」、そして耳にはミカンのイヤリング。 

ここまで愛情を注ぐのは、2人の優しさを知っているからだ。

花子さん:
「色んなことをされてるからね。漫才だけやなくて、ボランティアやったりとか福祉やったりとか、漫才を通して色んなことができる。彼らはやってる人たちやから、それがええと思います」

大助さん:
「舞台の心の優しさっていうか、温もりが出てる分だけ嬉しい」

オレンジ主催の寄席に毎回壇上にあがる「宮川大助・花子

芸人になってからも「いじめ」…救ってくれた相方

そんな田中さん、実は、お笑い芸人になったあとも、陰湿ないじめに遭った。

名古屋市中区栄3丁目の「吉本栄3丁目劇場」で初舞台を踏みましたが、人気を先輩にねたまれ、イジリを通り越し、いじめへと発展した。

田中さん:
「(階段の)一番上から、ゴミ箱に入れられて落とされたりとか。ドドドドドって落ちてましたよ。(思い出すのは)当時のいじめられた思い出と懐かしさ、あのとき嫌な時期もありましたけど、いまは笑ってますね、不思議なもんで」

この時、先輩のいじめから救ってくれたのは、相方の泉さんだった。

田中さん:(中学生への講演)
「お笑い芸人やで?実は頑張ったら頑張った分だけいじめに遭うんですよ。殴る蹴るがまた始まるんですよ。うちの相方が『先輩申し訳ないですけど、もうそろそろやめて下さい』って。『田中もう大丈夫やから、あんなやつら人生で相手にすんな』って言われたときに、生まれて初めて泣いたんですよ。 僕はいじめられてどんだけ辛くても、ウワーって顔しか見せたことなかったのに、初めて嬉し涙。もう涙が止まらんくって、『イズさん、やっぱり僕やりたい!』って言ってお笑いをまたやろうって決めたんです」

相方の一言で、またお笑いの世界に。

田中さん:
「いじめっていうのは実は僕は『カゼ』じゃないかなと思うんです。でも良質なコミュニケーションがあれば、絶対にいじめはすぐ治せるものなんです。そしたら僕は思います、助かる命があるんじゃないかなって」

いじめられても誰かに相談すれば…。見ている人も、いじめられている子に声をかけてあげれば…。

これまで小中学校などで50回以上の講演をしてきた田中さん。講演を聞いた子からたくさんの手紙が届いていて、その中にはいじめられた経験のある子もいる。

田中さんの講演を聞いて送られてきた手紙

(手紙に書かれた内容) 
いじめを受けた経験のある女の子:
「私もいじめられた経験があったので、気づいたら涙が出ていました」

同・別の女の子:
「保育園も小学校も中学校でもいじめられていました。辛いことがあったら、相談していいんだ」

同・男の子:
「ぼくも2年生のころイジメられていて共感できました。イジメをなくしてほしいです」

田中さん宛てに子どもから届いた手紙

中学のころは嫌だった「いじられキャラ」。いまはそれを武器に「笑い」を届けている。

田中さん:
「いじめられた時とか殴ったやつは今でも嫌いですよ。けど、それ(いじめ)を嫌ってしまったら、今の自分もないし、いじめと仲良くなったおかげで講演させてもらって、カッコつけた言い方をすんのやったら“ありがとう”なんですかね。めっちゃカッコつけましたけど…恥ずかしい(笑)。当時の僕に言いたいですね“40歳になったら楽しいことあるよ”って」