『こども六法』異例のヒット!
「9月1日問題」を意識し8月中に刊行 売れたらいいではなく売らないといけない本
「今、困っている子どもたちに本当に届けるため、また家庭や学校で広く認知してもらうためにも、遅くとも8月中に書店に並べてもらえるよう作業を続けました。売れたらいいなあ、ではなく売らないといけない本。今もそう考えています。自分で書店にお願いにも行っていますし、本の価値に反応してくださったメディアへの露出も、基本的には全く断らず取り組んでいます。必死です。僕自身はベストセラー作家になるのが目標ではなく、この本が世の中のために必要だという確信があるだけ。結果、手に取って下さった方々がSNSなどで取り上げてくれて、良い循環が生まれてきています。そうやってツイートなどしてくれる方は、このプロジェクトを支援しているチームの一員のようにも思えます」(山崎聡一郎氏)
「いじめられている子だけでなく、いじめている子や、周囲で見ている子、親や教師といった大人も含め、皆がその定義や考え方を共有してこそ、初めて法というものが機能するのだと思います。そういった法のリテラシーを底上げし、高めていくためにも、この本を世に出せた意義は大きいと思います。実は児童書カテゴリに決めたのも発売ギリギリになってからのことで、弊社としては初のジャンルということもあり、チャレンジではありました。ですが、気になるところは徹底して修正し、多くの専門家の方に監修をお願いし、内容については自信があります」(外山千尋氏)
難解な法律書が多いなか、大人が理解するための法律書でもある
「初期バージョンを作る動機は素朴です。ないから作ってみようということ。いじめの問題を解決するために法教育を活用する研究をしていくなかで、特に小学生向けでは、あって然るべき誰でも参照できる共通のルールが書かれている教材が見つからなかったんです。僕自身、中学で初めて六法全書に触れたのですが、実際にいじめられていた小学生の頃に読んでおきたかった、と強く思いました。当時の自分と同じような子どもたちが、少しでも気になった時に、すぐ手に取れる場所に、子ども向け法律書を用意しておくべき。それで、自分で六法を逐語訳し、その訳を法学部の友人に指摘してもらい修正して、1年くらいかけて完成に至った。完成後も、取り組み自体おもしろいね、と評価してくださる方はたくさんいらしたのですが、世の中にもっと広めようと思ってもなかなかうまくいきませんでした」(山崎氏)
「山崎さんにその初期バージョンを手渡され読んだのは2016年頃です。私も常日頃からなぜこんなに法律書は難しく書いてあるのかと疑問でした。難しいことをさらに難しく書いてあるような気すらしていた(苦笑)。でも山崎さんの文章は、読みやすくて。私が読みやすいなら、他にもきっとニーズがあるはずだ、とすぐに出版のお話をしました。ですが、会社が法律書、専門書といった看板を背負っているだけに、中途半端なものは出せないという事情もあり、結果的にしばらく寝かせることになってしまって…」(外山氏)
著者自身もいじめ被害者であり加害者にもなった その経験が『こども六法』に
「初期バージョンとの最大の違いは、複数の種類のプロが仕事をしていること。本を作る専門家、プロのイラストレーター、なにより法律の専門家の先生たちによる強力な監修が大きな力になって、現在の形がだんだんとできていきました。実際に子どもたちに読んでもらってフィードバックする子ども監修も含め、修正は最後の最後まで続けました。感覚的には、それこそいったん完成した本を5回くらい全面改稿したような感じ(苦笑)。ですが、それだけ良い本に近づいたと思っています」(山崎氏)
山崎氏は小学校時代に、骨折するほどの肉体的な被害を伴ういじめを経験しており、それが教育問題に取り組む原動力にもなった。だが中学時代にはいじめの加害者の側になってしまったことがあるのだという。
「部活でのトラブルです。意見の行き違いで揉めた後輩を部内の会議で辞めさせる、ということがあり、結果的に大人数で1人を追い込んでしまった。部長であった僕がその首謀者という位置づけになりました。今にして思えば、当時はむしろ自分たちが被害を受けていると思いこんでいた。いじめている側がその事実に気づいてやめるのは難しいと実感しました。そのトラブルの場合は、先生の介入でいじめがストップしました。その一点において良かったと思いますし、最終的にはその後輩と仲直りもできた。でも、被害者が先生に親告したからこそ事態が発覚して止まっただけ。多くの刑法・民法上で重視される<親告罪>というものを身をもって経験することになりました」(山崎氏)
実際の教育現場にも反響が、学校への法介入に対する考え方に変化も
「教育現場の反応は、意外にも好評です。学校に法律という概念を導入する、ということ自体に反発するような風土というのは、もっと根強いのかもしれないと事前には考えていました。ですが、そうした旧来の文化も少しずつ変化してきているようで、全クラスに置きました、といった報告なども思った以上にSNSなどで確認しています。教師の方からも、保護者の方からも、全体としては今のところプラスの評価がもらえているのかなと思っています」(山崎氏)
「購入いただいた読者の方が、ご自分の母校の図書館などに寄贈するといった広がりもあるようです。これからの世の中を力強く生き抜いていくためには、法律へのリテラシーも非常に大切だ、という流れが背景にあるのだと思います」(外山氏)
今回の『こども六法』では2020年度の民法改正の内容を反映している。2022年度に予定されるさらなる同法の改定(成年年齢の引き下げや婚姻開始年齢の統一など)にはどのように対応するのだろうか。
「もちろん、その際には新版として更新すべきは更新しようと考えています。『こども六法』の文脈で考えるなら、たとえば労働法や著作権法などへの理解を養うような本など、まだまだやるべきことは残っているとも思います。ただ、この本が話題になったおかげで、現在いろいろな新しい本の企画なども打診されるようになってはいますが、あくまでも僕は法律の専門家ではないので、ご期待に添えないことも多い。ですが、世の中に必要で、僕が関わって作りたい、そう思えるような企画をまた考えていきたいとも思っています」(山崎氏)