漫画『君たちはどう生きるか』大ヒット
発売半年で170万部を超える異例の大ヒットとなった漫画『君たちはどう生きるか』。
原作はおよそ80年前に書かれた児童書だ。
今、この漫画を買うのは、30代以上の大人が多いと言う。
なぜ大人たちがこの漫画に惹かれるのだろうか。
時代を超えたヒットを支えるのは大人たち
「僕は…大事な 大事な友達を…」「裏切ってしまった…」
「僕なんて死んだ方がマシなんだ……」
いじめや貧困、裏切りなど、学校で起きる様々な出来事に、どう向き合うのか悩む、中学生のコペル君。
そんなコペル君に寄り添う存在が、「おじさん」。
「潤一君!!君の考えは間違ってるぜ」
「同じ間違いを二度繰り返しちゃいけないよ」
時に厳しく、時に優しく、少年を導いていく。
そんな2人が織りなす物語が、今、異例の大ヒットになっている。
この作品は、吉野源三郎氏が今から80年前に書いた児童小説を漫画化したものだ。
時代を超えたヒットを支えているのは、大人たちだ。
街の人に話を聞くと「大人になっても、改めて学べる本だなと思います」「親の方が逆に心に響くのかもしれないですね」と魅力を語る。
著名人からも称賛の声が寄せられている。
コピーライターの糸井重里氏は、
「いまは亡き著者と、これをいま出版しようと考えた編集者と、この本に正面からぶつかろうと思った漫画家に、カーテンコールのように拍手を続けています」
(2017年8月26日ツイッターより)
とこの本を絶賛し、ボクシング世界王者の村田諒太選手は
「理想(知識)があっても、勇気がなければ何もなし得ない。その局面に立った時にどう生きるのかを考えさせられた」
とこの本への関心を語っていた。
なぜ今、多くの大人たちが、この本に惹きつけられるのだろうか?
中学2年生のコペル君が、最初に直面するのは、クラスメイトの浦川君に対する「いじめ」。
何もできない周囲や自分を、歯がゆく思うコペル君。
「いじわるされているんだけど誰も手をさしのべられてないんだ……」
「……僕も、……ってことだけど」
いじめが続く中、事件が起きます。
友人の1人がいじめっ子に立ち向かうと、クライメイト達も次々に加勢。
ところが、いじめを受けていた浦川君が意外な行動に出る。
「やめて!」
「たのむから、許してやっておくれ」
いじめっ子をかばった浦川君。
その行動に、コペル君が教えられたことがあった。
「やり返したい気持ちもあったと思う」
「……でも」
「まわりの流れに 勇気をふりしぼって逆らった浦川君は」
「ほんとに立派だと思うんだ」
周囲に流されず、勇気を持って意思を貫くということ。
このシーンに、ハッとさせられたという男性は「本を読んでいて『まるごとの自分ぶつけているのかな?』とか、『どこかでごまかしたり演技していないかな?』とか自問自答の繰り返しかもしれないです」と話す。
この男性は中学校の教頭だという。
自らも周囲に流されていないか、日々悩んでいるというが「おじさん」のこんな言葉が響いたそうだ。
「肝心なことは、世間の目よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ」
「心の底から思ったりしたことを少しもゴマ化してはいけない」
「大人になっていく、立派になっていくということは、周りの色んな事に左右される。その『自分の思うことってなんだ?』ってきちんと考えなきゃいけない」と話すように『意志を貫く』ということを考え直したという男性。
『とくダネ!』コメンテーターの古市憲寿氏は「一個の会社というものがずっとあるかもわからない不安の中で、皆生きている時代だからこそ、自分で考えて、自分で生きていくと言うことの大事さを訴えているので、そこで凄い参考になる点が多いのかもしれない」と、この本には大人たちに共感をもたらす背景があると分析する。
心の中の後悔を考え直すヒント
出版元にも、4000通にも及ぶ反響の声が届いている。
中でも、目立つのが
「両親を安心させるため、と人の評価で私自身の生き方を決め、自分より人の考えを優先させていた」
というような、自分の心の中にある「後悔」について、考えさせられたという声だ。
街で話を聞いた60代の男性も「ある保険会社にいたとき仕事が非常に辛くて、毎日会社に行くのがきつくなってきて、会社を辞めてしまったんですよね」と自分の人生の決断について後悔があると過去を振り返る。
そんな男性は、特に心に響いたシーンがあったそうだ。
いじめっ子に立ち向かった友人に「仕返しをされそうだ」と、打ち明けられたコペル君。
すると
「そしたら僕が止めるよ」
「ガッチンの前で壁になる」
友人を守る約束を交す。
そして、ある雪の日、ついにその時が。
「おいっ 他にも仲間がいるなら出てこいっ!」
ところが、コペル君は恐怖のあまり名乗り出ることができなかった。
「いないんだな 覚悟しろ!制裁を加える…!」
仲間を裏切る結果に。
自責の念から、学校に行くこともできないコペル君。
その時、おじさんが。
「潤一(じゅんいち)君!「君の考えは間違ってるぜ」
「君は絶交されたって仕方ないことをしちまったんだ」
厳しい一言。
そして、コペル君にある言葉を贈る。
「今、君は大きな苦しみを感じている。それはね、コペル君、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ」
「きっと君は自分を取り戻せる。僕たち人間は、自分で自分を決定する力を、持っているのだから」
この言葉を受け、考えたコペル君は「友人たちに謝ること」を決断した。
このシーンが印象に残ったと話す男性は「逃げてしまうとか卑屈になってしまうとか、人生にはそういうことが何回もあると思う。バブルが弾けたりとか、色んなことがあって、辛い時も一杯、経験しているので、こういう本に通じるような部分が結構ある」と、『後悔』したことを考えることで、前を向くヒントを得たそうだ。
実際に行動を起こす人も
58歳の北紀子さんも、この漫画に刺激を受けた1人。「コペル君を見るおじさんの目が、あまりにも優しくて大きくて、自分もそういう存在になりたいなって」と話す。
漫画の“おじさん”同様、北さんが今気にかけるのは、我が子のように可愛がっている小学生の甥のこと。
「つまずいた時に、ちょっと見てくれたらうれしいな、っていう思いを込めて」と、甥が悩んだ時の道標になれればと手紙を書いたという。
見せてくれたのは、可愛がっている甥っ子に向けて書いたという手紙の下書き。
北さんは小学生の頃、身に覚えがないのにもかかわらず、一人の男の子が「お前がおならをした」と言ったため、翌日からいじめが始まったそうだ。必死で学校に通う中で、北さん自身が励まされたという言葉を手紙に綴った。
『本気になれ、本気になれ。遊び半分で何ができる』
「これは、小学校5年生の時の私の担任の先生の言葉です。いじめられて、学校休みたいと何度も思っていた私が、自信を持ち、救われたのです」
「『そばにいるよ、君の声聞こえているよ』っていう気持ちを伝えたかったのかな。つまづいた時に、ちょっと見てくれたらうれしいな、という思いを込めて送りました」と話す北さん。
その言葉が紡がれた手紙は今、甥の机の中に大切にしまわれているという。
取材の中で「自分が10代の頃にこの本に出会っていればと話す大人が多かった。そして子供に読んで欲しいとそっと目につくところにおいているそうです」と話す荘口彰久リポーター。
漫画を描いた羽賀翔一さんは、連載を持ちながらアシスタントもこなす若手の漫画家だが「読むタイミングによって共感する視点が変わるので幅広い層に読まれるのでは」とヒットの理由を分析する。登場人物の気持ちに近づくことに苦労したため、漫画化の話がきてから2年の歳月がかかったという。