ないことにされた「いじめ」変じゃありません?
桃の節句の今月3日、両親と一緒に茶房に現われたA子は眩(まぶ)しいほど輝いていた。高校を卒業したのだという。あれから6年。深刻ないじめから立ち直っていたのだ。
6年前--。A子は金沢ジュニアオペラスクールの生徒で、オーディションで通った仲間27人と新作オペラ「ラジオスターレストラン~星の記憶」公演の舞台に立っていた。
同公演は音楽の力で子どもたちを育もうと金沢市が積極的に取り組んだ文化事業で、制作期間は2年間。同公演は3本目の作品で、私はプロデューサーとして走り回っていた。
A子の異変に気付いたのは公演本番も間近に迫ったころ。両親に聞くと深刻ないじめがあったのだという。公演以後も私は面談やメール交換など、A子一家と連絡を取り続けた。その中で明らかになったのは要約、次のようなものだった。
・いじめは小学校時代から。(上辺は)仲良しの子にみぞおちを殴られていたが、耐えて親にも内緒にしていた。
・中学に進み運動クラブに入ったが、オペラの稽古(けいこ)を優先したため部員からいじめを受け、顧問の教師からも部活に不熱心だとなじられた。言葉の暴力に心が折れた。
・起立性調節障害、心身症型自律神経失調症と診断され、入院。病院内にある分校で1年間学んだ。
・歌を歌っている時だけ嫌なことが忘れられ、明るくいられた。
・クラス担任は事態を冷静に受け止め、力になってくれたが、学校当局は不祥事がなかったと処理した。
文部科学省の調べによると学校でのいじめは急増し約32万件と過去最多を記録した(2016年度)。
しかしこれは子ども同士のいじめで、A子が受けたような教師によるいじめはカウントされていない。調査する教師が“自白”するはずがないからだ。ここがいじめ問題の死角なのである。
圧倒的な力を持つ権力側があったことをなかったことにする。いまアベ内閣が問われている問題となんと似ていることか。
A子がつらい時に口ずさんだオペラのテーマ曲はこう始まる。
「忘れないでほしい、みんなみんな星の子ども」。そしてこう締めくくられる。「(広い宇宙で)ただひとりの私なんだと」(詞・寮美千子、曲・谷川賢作)
A子は大学受験に失敗したが屈託がなく、「時間がかかっても医療系の大学に進学し、将来は人を助ける仕事に就きたい」と言い切る。
実はA子はいじめの連鎖を警戒し、自宅とは違うまちの高校に進学している。スマートフォンでA子の身辺を探るメールが流されていることが分かったからだ。
つらい時、好きな歌に打ち込んで這(は)い上がっていった我が子を見ていた父親は言う。「よい経験は成長してからも繰り返し子どもを支えてくれるものだなあと感じています」
子どもたちがのびのび暮らせなくなったいま、噛(か)みしめたい言葉だ。