貧乏でずっといじめられていたグラドル
グラドルの家賃2万円風呂なしアパート時代「財布に500円すらない…」
先日、グラドル引退を表明し、北海道に移住することを決意した石川蓮美さん(32歳)。そもそも彼女が芸能界を目指した理由のひとつに、「幼い頃から貧乏でずっといじめられていた。芸能人になって成功して稼ぎ、見返してやりたかった」ことがある。
ドラマや漫画で見るようないじめはすべて経験したという石川蓮美さん
幼少期に母親が蒸発、中学生の頃まで父子家庭で育った。その後は再び母親と暮らし始めたが、その生活は凄惨なものだった。
両親と妹の4人家族。しかし彼女が小学2年生の時に母親が姿をくらませる。
「当時は“蒸発”という単語も意味も知らなかったけど、『あれ、しばらくお母さんが帰ってこないな』って。気づいたら離婚して父子家庭になっていました。母は、私と妹に絵本を置いていきました。『お母さんはサンタさんだから、夜は他の子どもたちにプレゼントをくばらないといけないからいなくなるんだよ』という言葉を最後に……。今思えば、私たちを寝かしつけてから別居先のアパートに帰っていたんですね。
こうして突然、私と妹、お父さんの3人暮らしになった感じだけど、思春期を迎えて、お父さんにはなかなか言えない悩みもでてきて。お母さんに相談したくて、届いた手紙の住所を頼りに探しに行きました」
そして、母と再会した蓮美さんは親権者変更調停の末、15歳の時に再び母のもとで生活することになった。念願だった母との暮らしだが、それは波乱の幕開けに過ぎなかったのである。
「私1人が勝手に家出したので、養育費などは家庭裁判所でナシという結果でした。また、今と違って私が中学の頃って、まだ“母子家庭”が珍しかったというか……。それだけでいじめの対象になった。母と暮らせてうれしい反面、ツラかったですね」
ちなみに、筆者も蓮美さんと同年代で母子家庭で育ったが、「お父さんがいなくて可哀相」「人よりハンデがある」などという言葉を浴びせられることも多かった。親戚の家を借りていたが、ボロボロの平屋だったので友人を招いたことは1度もない。
蓮美さんは「母子家庭&貧乏が原因で、ドラマや漫画でよくあるいじめなんてほとんど経験済みですよ」と当時の出来事を笑い飛ばすが……。
「無視とか悪口は当たり前。トイレに入ってる時にドアの上から水をかけられたこともあったし、私が触った机や教科書を除菌シートでふかれたりしました。貧乏菌、まるでばい菌扱いされていましたね」
蓮美さんはスタイルが良く、ブスではないことは明白だが、何度も「ブス!」と言われていたそうだ。
「同級生にちょっと目立つ感じの女のコがいたんですが、その子もアイドルを目指していたんです。『私はアイドルになれるけど、あんたは母子家庭で貧乏だから絶対にアイドルにはなれないよ』って。今振り返ってみると、このセリフが『じゃあアイドルになってみせるよ!』って思うキッカケだったのかもしれないです」
当時、家賃2万円の風呂無しアパートに住んでいたという蓮美さん。実際、どんな生活だったのだろうか。
「せんべい布団がすんごく嫌で、ずっとベッドに憧れていました。ある時、家に帰ったらお母さんが『蓮美! ベッドだよ!』って言うから見てみたら、手作りのベッドもどきだった(笑)。酒屋でビールのプラスチックケースをもらってきて、それを太い紐で縛って……その上に布団を敷いて、ベッドみたいにしてました。本物じゃないけど、お母さんの気持ちがうれしかったですね」
お金が無いなかで、食事にも様々な工夫があったという。
「うちは炊飯器もなかったんですよ。ご飯は鍋で炊いていて、安く手に入る雑穀米やタイ米を食べていた。おやつはパンの耳ばっかりだったな。いつもパン屋にもらいに行くのですが、なんとなく気まずいので私が『ペットの餌にするんで』って嘘をついて。あとは、八百屋でクズ野菜をもらったり……」
公共料金の支払いが滞ることもあり、ガスや電気が止まった時はろうそくで明かりをつけたり、ガスコンロを使ってみたりと、プチサバイバルのような暮らしをしていたそうだ。
「ガスや電気が止まるのって、大人になるまで当たり前のことだと思ってましたね。お母さんの給料日前は、財布にお札が1枚もなくて。500円玉すら持っていなかったんで、“5円玉貯金”をしていました。毛糸に5円玉を通して貯めていくんです。ある程度の金額になったら、八百屋で野菜を買っていました。5円だからいくら貯まってもお肉を買うまではちょっと遠かったな。でもお陰でキャンプやサバイバルが好きになりました」
現在の蓮美さんに“貧乏”な様子はまったくない。だが、当時の貧乏な暮らしが芸能界の仕事に活かされているという。
「母の借金は私が18歳から数年の間、水商売をしてなんとか返済しました。週6で出勤して、とにかく節約、返済、節約、返済の繰り返し。それから芸能活動を始めましたが、ずっと自炊していたから料理が得意になって、節約レシピ中心の料理番組をやらせてもらったこともあるんです。とにかく貧乏だったんで、毎日が試行錯誤でしたから」
4月から北海道に移住し、バイク関係の仕事を中心に活動していくという蓮美さん。慣れない土地での生活に不安はあれど、金銭面においては不安はないと言い切る。
「家賃2万の風呂無し生活を送っていたおかげで、貧乏がトラウマ。その反動で、すごい貯金魔になったんです。母の借金を返済し終わった後も貯金を続けています。
もしも最悪、風呂無しの部屋に住むことになったとしても……。ベッドが無くても、炊飯器が買えなくても、たぶん明るく頑張れると思う!」
貧乏が原因でいじめられた過去を乗り越えつつ、前向きに生きる姿勢に感服せざるをえない。彼女ならば将来、再び大きな困難にぶつかったとしても自ら道を切り開いていくのだろう。