福岡市・天神の警固公園で、マスク姿のナツキ(22)=仮名、福岡県=はいつもの縁石に座っていた。昨年12月上旬の深夜、気温は5度。ナンパしてきたニット帽の若い男が横に座り、肩に手を回す。「話は合うし、まいっか」。一緒にもつ鍋を食べ、別れた。
「お兄ちゃんはね―」。幼い頃から両親が愛情を注ぐのは優秀な兄。2歳違いでいつも比較された。「家にはいたくない」。大学生になり、授業以外はアルバイトで埋めた。2、3週間に1度は警固公園で人間観察。終電を過ぎたら、カラオケ店で朝を迎える。 身長150センチの童顔に薄化粧をまとう。「女」と思って誘ってくる男の目当ては分かっている。怖くはない。「俺、中身は男だし、汚れているから」
小6で受けた性暴力、父は私を責めた
「ドンッ」。小学6年の時、階段を下りているとランドセルを蹴られ、転げ落ちた。見上げた踊り場にいたのは5年の女子。「だっさ」と笑っていた。3年から始まったいじめで、無視され続け「学校中が敵」に思えた。 夏の終わり、同級生の男子が優しく声を掛けてくるようになる。自宅で一緒にゲームをしていたら「マジックするよ」とひもで両手を縛られた。下半身を触られ、さらに暴行。「ありがとう」。男子はこう言い残して帰って行った。 翌日、インターネットで調べ、何をされたのかを知る。混乱と怒りと、感情が渦巻く中で「男に生まれ変わった」。親には何も言えず、いつも通りを装った。 落ち葉舞い散るころ、休み時間に教室の窓から飛び降りようとした。3階だったか、4階だったか。窓から身を乗り出し、校庭が見えた瞬間、担任から体をつかまれた。「離して」。思わず叫んだ。相談しても動いてくれなかったのに、今更なんで。 帰宅すると、「何があったんだ」と聞く両親に初めて全て伝える。父親は性被害について「なんで抵抗しなかった」と責めた。「気付けずにごめん」は聞けなかった。 環境を変えようと、自宅から離れた中高一貫校に入ったのに、また、いじめのターゲットになった。先生は「気のせい」とスルーした。「何を言っても無駄。大人は信用しちゃいけない」。中学校生活もうまくいかない。諦めからリストカットをするようになった。
病院はイヤ、大人を頼るのは怖いから
一昨年の師走、大阪のホテルの一室。九州外の親友(21)と初めて会い、飲み明かした。お互い戸籍上は女でも、心は男。「酔ったねぇ」。ささいなことで笑い、おそろいの指輪を買った。 10年前に会員制交流サイト(SNS)で知り合い、ずっと寄り添ってくれた。SNSなら普段見せられない自分を気兼ねなく出せるのが何より心地よかった。「げんき?」「おつかれ~」。毎日、オンラインゲームの中で交わす何げないやりとりに励まされている。 今、大学4年。コロナ禍の就活は厳しく、内定はない。小6の「あの日」から不眠が続く。最近は特にだるい。傷が目立つリストカットはやめた。今は毎夜のように、自ら首を絞め、苦しむことでやっと眠れる。 「病院に行ったら」と周りは言う。大人を頼るのが怖いし、足は向かない。 親友の言葉をいつも思い出す。「笑いたい時に笑って、泣きたい時は泣いたらいいよ」
若者と会員制交流サイト(SNS)
総務省情報通信政策研究所の調査(2019年度)によると、10代の63%、20代の65・9%がSNSを利用し、ともに前年度から増えた。平均利用時間(休日)はいずれも80分を超え、他の世代よりも大幅に長い。9割以上が無料通信アプリLINE(ライン)を使い、7割がツイッター、6割が写真共有アプリ「インスタグラム」を利用。動画投稿サイト「ユーチューブ」の視聴は9割を超えた。内閣府の意識調査では、「ほっとできる場所」として、13~29歳の56・6%が「インターネット空間」を挙げた。
#取材班から
もがく若者たちの、話を聞くところから始めたい 青春という言葉から程遠い、重く苦しい日々を過ごす若者がいる。明るく振る舞っていても、社会のひずみの中でもがき、揺らいでいる。 取材班は昨年11~12月、福岡市・天神の警固公園で10~20代の100人に取材。身近で苦悩する人の多さに驚き、さらに若者に話を聞いた。 虐待やいじめを受けたり、家や友人関係に息苦しくなったり。「家庭」を知らない人もいる。貧困がのしかかることもあれば、精神のバランスを崩すことも珍しくない。「生まれる前に戻りたい。存在理由は、分からない」。ある女性は自傷する理由をこう語った。 国の意識調査(2016年度)では、20代の23%が「本気で自殺したいと思ったことがある」と答え、7・5%は「最近1年以内に思った」。別の調査(18年度)では、13~29歳の「自分自身に満足している」という自己肯定感の割合は45・1%。欧米諸国の70~80%台とは大きな開きがある。 未曽有の感染禍に覆われている。膨れた不満やストレスは弱い立場に向かう。人と人との距離が求められ、悩みを抱えた人をさらに追い込む。昨年の自殺者は2万919人(速報値)と11年ぶりに増加に転じた。児童虐待の相談対応件数も増え続けている。
来年4月には改正民法が施行され、大人の区切りは20歳から18歳に引き下げられる。少年事件は減り続ける一方、今国会では18、19歳を厳罰化する少年法改正案が議論される。 「今の若いもんは」―。いつの世も若者への風当たりはきつい。いろいろな事情で苦難の渦中にいる人、必死に生きてきた先輩世代の中には「甘えるな」との声もあるかもしれない。 未完成な人、生きづらさを抱えた人に殊更自助を強調し、自己責任を迫る社会は正しいのか。立ち止まって考えたい。 希望を紡ぐために。裸の叫びに耳を澄まし、受け止めるところから始める。