十数年前の学生時代のいじめ事件を暴露する、いわゆる「いじめ#MeToo」が韓国のスポーツ界を越えて芸能界を揺るがしている。
韓国社会を騒がせた女子バレーボール界のいじめ論争を発端に、男子バレーボール、プロサッカーなどのスポーツ界を越え、今ではK-POPアイドルと韓流スターまで、「いじめ#MeToo」の波に飲み込まれているのだ。 発端となったのは、韓国女子バレーボールの強豪「興国生命」の姉妹に対するネット民からの暴露だった。
女子バレーの人気を底上げした双子の姉妹
1996年生まれの双子の姉妹、イ・ジェヨン(レフト)とイ・ダヨン(セッター)は、1988年ソウル五輪当時、女子バレーボール韓国代表チームの主力セッターだった母親と元陸上国家代表だった父親を持つスポーツ名門家出身。本人たちもユース時代からずっと国家代表に抜擢されてきた最高レベルの選手だ。 その上、美貌とスター性まで兼ね備えた双子の姉妹は、テレビ番組にも頻繁に登場して広告にも引っ張りだこ。所属チームはもちろん韓国女子バレーボール・リーグ全体の人気を底上げし、これまでの観客動員をけん引してきた。 ところが、興国生命に韓国国家代表チームのエースの金軟景(キム・ヨンギョン)が入団したことで、チーム内の「不和説」がネット上に広がった。 世界最高のレフトと評価されている金軟景は、新型コロナで自分がプレーしていたトルコのプロリーグが中断されると、2020年4月に韓国に帰国し、古巣の興国生命に復帰した。2012年のロンドン五輪でMVPに選ばれるなど、長い間「バレーボールの女帝」として君臨してきた金軟景がかつての所属チームへ復帰したことで、これまで最高スターだった双子姉妹との対立が生じたという噂がインターネット上に広まったのだ。
「私が全部暴露してやる!」
この噂を証明するかのように、双子の妹であるイ・ダヨンが自分のインスタグラムを通じて、先輩からいじめられていることを匂わせる書き込みをした。 「いじめている人は面白いかもしれないけど、いじめられている人は死にたい」 「明日が怖い。どんな傷を受けるだろうか、耐えることができるだろうか……」 「もうすぐ暴露するよ、私が全部暴露してやる!」 これらの書き込みに対して、バレーボールファンは「イ・ダヨンが金軟景を狙い撃ちした」と読み取った。メディアが「金軟景と、イ・ジェヨン、ダヨン姉妹はお互いに口もきかない仲だ」などと書き立てて騒がしくなると、興国生命側と金軟景は「チーム内に不和があったのは事実だが、誤解が解けてすべて解決した」と、鎮火に乗り出した。 そんな状況の中、予期せぬ暴露が起こった。 オンライン・コミュニティに「現職バレーボール選手によるいじめの被害者たちです」というタイトルで、小・中学校で同じバレーボール部員だったイ・ジェヨン、ダヨン姉妹からいじめを受けていた、という主張が持ち上がったのだ。
被害者が書き込んだ「21項目のいじめリスト」
書き込みを作成した人はAさんを含めて4人で、次のように暴露の理由を説明した。 「10年も過ぎたことなので忘れて生きようと考えたが、加害者が自分が犯した行動は考えず、SNSに掲載した書き込みを見た。その書き込みで当時の記憶が思い出された。(加害者が)自分を省みることを願う気持ちで勇気を出して書き込みをした」 Aさんらは、双子の姉妹から、学生時代に受けた「21項目のいじめリスト」を詳しく記述した。 「宿舎で消灯後、お使いを断れば、ナイフを持ってきて脅された」 「汚いからそばに来るなとよくいわれた」 「しょっちゅう金を奪われ、腹をつねられ、口をたたかれ、集合させられては拳で頭を殴られた」 「本人たちが気に入らないことがあればいつも悪口をいわれ、両親の悪口もよく言われた」 国民的な人気を博している双子姉妹が過去にいじめの加害者だったという暴露に非難の世論が沸くと、姉妹は反省文を提出して被害者たちに謝罪した。 所属チームも公式謝罪し、しばらく試合出場を停止させる方針も発表した。しかし、世論はこれに満足せず、双子をバレーボール界から永久追放することを要求した。
文在寅大統領も“参戦”
政界も沸き立つ世論に便乗していった。 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、黄熙(ファン・ヒ)新文化体育観光部長官に任命状を授与する席で、韓国体育界における暴力、体罰、セクハラ問題など人権問題を指摘しながら、「問題が根絶できるよう特段の努力を傾けてほしい」と注文した。 これを受け文化体育観光部や教育部では「学校運動部の暴力根絶およびスポーツ人権保護体系改善案」を審議・議決した。校内暴力(いじめ)を行った生徒は選手選抜および大会参加を制限し、プロスポーツでは新人選手選抜の際、校内暴力(いじめ)の履歴がないことを確認する誓約書を書かせることを柱としている。 国民世論と政界の圧迫に耐えられなかったバレーボール界は結局、2月15日に姉妹に対する「国家代表資格の無期限剥奪」を決めた。所属チームの興国生命は、姉妹に無期限の出場停止とともに年俸を支給しない方針を発表し、韓国バレーボール協会は姉妹の母親に授与した「立派な母親賞」を取り消した。
性的暴行も横行していた韓国スポーツ界
10年も前に起きたいじめ事件に対して、双子の姉妹が過酷なほどの国民的非難を呼んだ背景には、文大統領の発言にあったように、深刻な人権侵害事件が絶えないスポーツ界に対する韓国国民の蓄積した怒りがある。 たとえば2018年、韓国ショートトラックの看板選手で女子国家代表チームのシム・ソクヒは、4年間も代表チームのコーチに性的暴行を受けていたことを暴露し、韓国国民に衝撃を与えた。 2020年6月にも、トライアスロン選手のチェ・スクヒョン(慶州市役所所属)が監督と理学療法士らによる常習的な暴行に苦しんだ末、「彼らの罪を明らかにしてほしい」という最後のメッセージを母親に残して自殺する事件が発生した。 スポーツ界はもちろん政界でも、事件が起こるたびに特別法を設けるなど再発防止策を約束したが、結局メダルを取るため、あるいは記録を作るために暴行や暴言が繰り返されたのだ。 今回の双子姉妹の場合、彼女たちの母親が所属チームの練習場に頻繁に出入りして練習に干渉したことを非難するネットの書き込みが広まったことも火に油を注ぐ結果となり、一気に奈落の底に堕ちてしまったわけだ。
K-POPアイドルまで広がった「いじめ告発」
韓国では、双子姉妹の悲劇的な結末の後も「いじめ#MeToo」の告発が続いている。 元国家代表バレーボール選手でベテランセッターのパク・サンハ(36歳、サムスン火災所属)は、中学時代、拉致・監禁・暴行を受けたという被害者の暴露に遭った。パクは一部暴行事実を認めて選手を引退した。しかし、拉致や監禁などは強く否認している。 元国家代表のサッカー選手で、英国のプレミアリーグ・サンダーランドで活躍した奇誠庸(キ・ソンヨン、33歳、FCソウルのMF)に対しては、小学校時代に性的暴行を受けたというサッカーチームの後輩が登場した。奇は直ちに全面否定し、相手を名誉毀損などで告発することを宣言した。 EXOのD.O.主演の映画「スウィング・キッズ」でヒロイン役を演じるなど、韓国映画界でライジング・スターと言われている女優パク・ヘスは、相次ぐ「いじめ#MeToo」がきっかけで、初主演ドラマが無期限放送延期になる状況に直面している。 パク・ヘスに暴力を振るわれたと主張する10人以上の被害者は「母親が作ってくれた弁当を10階建ての高さの建物から投げ落とされた。髪を掴まれたまま、教卓の前まで引っ張られてはさみで髪を切られた。防腐剤を口に入れて飲み込めさせられた」などといった衝撃的な内容を暴露したが、やはり、パク・ヘス側は強く否定して法的対応を予告した。 ほかにも、(G)I-DLEメンバーのスジン、ITZYのリア、ストレイキッズのヒョンジン、MONSTA Xのキヒョンらが「いじめ#MeToo」の告発に遭い、告発者への法的な対応が進むなど、現在、韓国のスポーツ界や芸能界がひっくり返るような騒ぎになっている。 このような「いじめ#MeToo」は、事実でなくても名前が取り上げられただけでも有名人にとっては致命傷となる可能性が十分にある。 「私は、10年前に君がやったことを知っている」 韓国のスポーツスターやセレブたちを恐怖に震わせる「いじめ#MeToo」はしばらく続きそうだ。