【マンガ】『いじめ探偵』第1話 実話
腹を蹴る、給食にゴミを入れる
阿部氏がいじめ相談を受け始めたばかりの、2010年ごろの話だ。関東エリアに住む小学生の息子ケイタ(10歳・仮名)の母親から、事務所に電話が入った。最初の電話は被害者の母親からかかってくることが多いが、「なんだか最近元気がない」、「いじめられているようで心配だ」という漠然としたものがほとんど。この時もそうだった。 「どこで何をされているか、まずは本人にしっかりと聞き取ってもらえますか?」 数日後、母親から折り返しの連絡があった。外傷が残らないように腹などを何度も殴る、給食に髪の毛やゴミを入れられるといった、具体的な状況が見えてきた。数日後、自宅で母親同席のもと、ケイタ本人から聞き取りを行うことにした。 いじめられていたケイタは、純朴な雰囲気のごく普通な子供だった。最初は落ち着かない様子だったが、阿部氏が名刺を手渡すと、かしこまった様子で目を合わせた。 「本人がちゃんと話をしてくれないと、その後の対策もうまくいきません。相手が子供だと名刺を渡さない人もいますが、一人の人間として僕は君を認めているよ、という意味も込めて私は子供に対しても渡すようにしています」
事なかれ主義の教師たち
いじめられた記憶を掘り起こす過程では、時系列が前後してしまうことが珍しくない。カレンダーやテレビの番組表などを見ながら、大きめの付箋に一つ一つの出来事を記入し、起きた順序通りに並び替えていく。 いきなり殴られたなど不自然な話があれば、その前には何かがあっただろうと問いを投げかけ、点と点をつなげていく。遠足や運動会などの写真を見せてもらい、加害者の顔と名前を特定する。5人の加害者のうち、主犯格は身体が大きくスポーツ万能で、女子からも人気のあるタイプだった。 内ももに何度も蹴りを入れられたり、トイレで陰部に落書きをされるなどのいじめも判明した。だが、多くの被害者はいじめられていることへの恥ずかしさからか、被害レベルを半分程度に過少報告する傾向があるという。 「証拠を残すために、小型の録音機を貸しました。相手の名前を呼びかけたり、何をされているか分かるように、何回か実演指導もします」
十分にケイタへのいじめの証拠が集まったところで、阿部氏は報告書を作成。母親に付き添って学校に提出した。だが、学校側は仕事を増やしたくないためか、まともに取り合わないことが多い。その時も中年女性の校長は、こう言った。 「元気がないのは、家庭環境が原因かもしれない。そもそも、子供同士でいざこざが起きることはありますよ。社会に出てからも人間関係がうまくいかないことはいくらでもあるので、ちゃんと乗り越えないと」 問題に向き合おうとせず、トンチンカンなことを言ってくる教師は少なくない。そこで阿部氏はあえて思いっきり大きな声を出して、ケイタのいじめの証拠となる報告書を読み上げた。腹から声を出して読み続けていると、だんだん喉がキツくなってきたが、異様な雰囲気によって明らかに教師たちの表情が変わった。 動揺し、お茶を飲む手が震える者もいた。非常識に思えるかもしれないが、こうした手段を取らないと、教師たちは動かないのだ。
奇策を打ってトドメを刺す
後日、加害者たちに指導が行われたが、まったく反省していない様子だった。主犯格の親は「うちの子がいじめの濡れ衣を着せられた。こっちのほうがいじめられている」と逆ギレし、周囲にそう吹聴していた。 それでも、形ばかりの「謝罪の会」が開かれることになり、昼休みの時間を使い、被害者であるケイタ、加害者の双方の親と子供が集められた。しかし、加害親子には反省の色は見えず、彼らはこう言った。 “いじめられたって言っている子にも悪いところがあったから、これはお互いさまだね” “いじめたつもりは全然ないけど、いじめって思わせちゃったみたいでゴメンね” こうなることを予想していた阿部氏は、事前に策を講じていた。「謝罪の会」が開かれるのは視聴覚室の隣だったので、放送機器をうまく操作すれば、会の様子を全校中に流すことができると考えたのだ。
いじめの実態を知るためにケイタの数人の友人からも聞き取りをしていた阿部氏。視聴覚室で一緒に「謝罪の会」の様子を聞いていたその友人たちにこう言った。 「これ、マイク置いておいたら放送できちゃうんじゃないの?」 まったく悪びれない加害者の様子に怒りを感じていたケイタの友人も乗り気になった。急いで「謝罪の会」の教室に、放送室からコードを延ばしてマイクを設置。放送のスイッチをオンにすると、放送室に鍵をかけて別の教室へと移動した。
加害者親子の本音が校内に露呈した意味は大きかった
「いじめられた子にも悪いところが…」加害者の“逆ギレ謝罪”を全校放送した顛末
“うちの子だけが一方的に悪いとは思っていませんよ!” “ケイタって、どこかいじめたくなる気持ちにさせるんです” まったく謝罪する気などなく、自分の行為を正当化するばかりの加害者親子の声が筒抜けになってスピーカーから流れ始めると、学校全体がざわついてパニック状態になった。 「出てきなさい! ドアを開けなさい!」 教師は声を張り上げてドンドンと放送室のドアを叩いたが、なかには誰もいない。十円玉で開けられる簡易式の鍵だったので、間もなくドアは開けられてスイッチが切られた。だが、ほんのわずかな時間でも、加害者親子の本音が校内に露呈した意味は大きかった。 主犯格の生徒はその後、転校。いじめは完全に終結したというが、阿部氏はこのケースをこう振り返る。 「今思うと、全校放送はやり過ぎだったかもしれません……。ただ、そうでもしなければ加害者親子が自分たちがやったことの酷さを理解できなかったのは、残念ながら紛れもない事実です。とはいえ、私もさまざまな事例を経験してきて、もっと違うやり方で加害者に反省させる方法が今ならあると思っています」