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ームレス生活やいじめを乗り越え、ハーバード大入学の18歳少年

父親が病弱でまともな仕事ができず、貧困家庭で育ってきた少年。しかし身を持ち崩すことなくひたすら勉学に打ち込んだ少年は、今年の秋に米名門大学のひとつとされるハーバード大学への入学を許可された。ホームレス生活やいじめを乗り越えて辿り着いた少年のプレ・サクセスストーリーを『New York Post』『USA TODAY』『FOX 29』などが伝えている。

ペンシルベニア州ノース・フィラデルフィアにある名門寄宿学校「Girard College(ジラード・カレッジ)」に通うリチャード・ジェンキンスさん(18歳)のこれまでの人生は、決して安泰ではなかった。

仕事ができない病弱な父に代わり、懸命に働いて一家を支えてきたのはリチャードさんの母親だった。それでも貧困生活から抜けられず、リチャードさんは12歳の時にジャーマンタウンにあるWayne House(ウェイン・ハウス)と呼ばれるホームレスの人たちのための施設に住んでいた。しかしその施設に住んでいることを周囲に知られたくないばかりに、リチャードさんは友人らにも嘘をついて生活していたという。

貧困で嘘をつき続ける生活にうんざりしたリチャードさんは、自分の状況を変えてやろうと思い立った。そして勉学に集中することを決意し、ひたすら勉強に打ち込んだのだ。何事も懸命になり全力を尽くすリチャードさんの精神は、家族のためにいつも必死で仕事をしている母の背中から学んだ。夢を叶えるためにと本を熱心に読み耽っていたことで周りに「ハーバード」というあだ名をつけられ、いじめられたこともあったリチャードさんだが、このほどそのあだ名に相応しい人生のレールが敷かれることとなった。

高校1年生の時、プロモーション企画のメールを受け取ったリチャードさんは「年収65,000ドル(約710万円)未満の家庭の子供は、授業料を学校側が負担する」という奨学金制度を示したプログラムがあることを知り、それに応募した。その後、「絶対にハーバード大に行ってやる」という気持ちで勉強に励んだ結果、現在の寄宿学校にも奨学金を受けて通えることになり、今年の首席代表として間もなく卒業予定である。さらにこの秋から念願のハーバード大学への入学が許可された。その嬉しい知らせを受け取ったのは、リチャードさんが修学旅行でパリを訪れていた時だったそうだ。

「サッカーやバスケットボールなどのスポーツに打ち込む人もいますが、私の場合、奨学金で大学に行きたいという願いを叶えるために、ただひたすら勉強しました。“ハーバード”というあだ名をつけられたことも今となっては笑い話です。プロモーションのメールを受け取ったことが、私の人生を変えたのです。」

小学生時代から、周りの誰よりも質問の答えを出すのが速かったというリチャードさん。そんな息子の聡明さに母親は当然気付いていたようだ。リチャードさんは「母は、私がきっとハーバード大に入学できると信じていました。私は母を見て頑張る姿勢を学んだのです」と母親への感謝と喜びを口にしている。これまでの道のりは決して容易ではなかったが、名門大学への一歩を掴んだリチャードさんの夢はますます広がっているようだ。大学では人工知能を生み出すコンピューター科学を学ぶそうで、将来はいつか自分の会社を立ち上げたいと語っている。希望溢れる人生がまだ始まったばかりであり、これからも夢に向かって着実に歩もうとしているリチャードさんの笑顔はとても眩しい。

ホームレス生活から自身の努力で這い上がり、夢を実現させた人はリチャードさん以外にもいる。昨年5月には、ドラッグに依存しホームレスだった51歳の女性が生活を一変しハーバード大学のエクステンションコース(夜間・通信教育講座などの特別コース)を卒業したニュースが伝えられた。

 

 

人気シンガー ベラ・ハディッドいじめに遭った過去も激白

人気シンガーのザ・ウィークエンドとの復縁が噂されるスーパーモデルのベラ・ハディッド(21)。彼女について巷では「唇を整形したのでは?」と囁かれていたが、このほど米人気ファッション誌『InStyle』のインタビューにてそんな疑惑を一蹴した。

近頃「以前よりフックラしたのでは?」と唇へのフィラー注入疑惑が浮上していたベラ・ハディッドが『InStyle』のインタビューに応じ、そんな疑惑を真っ向から否定した。

「世間からは、整形まみれって思われてるみたい」と語るベラ、噂は本人にも届いていたようだ。しかし「顔をいじって失敗するなんてゴメンだわ」とフィラー注入疑惑を一蹴。顔に一度もメスを入れていないことを「なんなら私の顔をスキャンしたっていいのよ」と言い切った。

しかしベラは、昔からこのように自信に満ち溢れていたわけではない。細いウエストに比べて少々アンバランスとも言える大きめのヒップでどちらかと言えばポッチャリ体型だった彼女は、パックリ割れた見事な腹筋と優れた運動神経の持ち主である姉ジジ・ハディッドを羨ましく思っていたという。またオランダ系とパレスチナ系のハーフという見た目は、“奇妙”だとからかわれることも多く、いじめられていた過去のことは今でも鮮明に記憶に残っているそうだ。

一般的に見ればかなり恵まれた容姿と思われるベラも、実は「どうすればありのままの自分を受け入れ、自信を持てるのか―それは自ら学んで習得しなければならなかった」と明かし、もがき苦しんだ過去を告白した。現在もベラのSNSに心無いコメントを残す人物はあとを絶たないが、そんな時はスマートフォンの電源を切り、自分の周りにいる大切な人たちの声に耳を傾けるようにしているという。

自分の容姿に自信が持てずコンプレックスの塊だったベラ。現在は姉ジジとともにファッション業界を代表する世界的なスーパーモデルとして活躍するまでになった。エキゾチックな顔立ちと、手入れの行き届いた美しい肌を生かし「Dior Makeup(ディオール・メイクアップ)」でもその魅力を存分に放っている。

 

こども園襲撃 背景にあったいじめ

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大分県宇佐市こども園を襲撃し、小学生ら4人を負傷させたのは、約15年、ひきこもり状態にあった30代男性だった。今年3月、傷害など5つの罪に問われた被告の裁判が大分地裁中津支部で始まった。初公判では、事件の背景に小学生の頃からのいじめがあったことや、本人の発達障害に周囲が気づかずにいたことなどが見えてきた。罪は償わなければいけない。しかし、そうした背景のあった加害者の心の中でいったい何が起こっていたのか。悲劇を繰り返さないための教訓を現地取材から探った。

初公判での被告 誰とも視線合わせず

【事件の概要】昨年3月31日、認定こども園にフルフェイスのヘルメットを被った男が侵入した。男はこども園の近隣の自宅に住み、約15年にわたって、ひきこもり続け、当時32歳(現在は33歳)だった。自宅にあった竹刀を持ち出し、児童と職員を殴打したほか、携帯していた刃渡り18.8センチのナイフで職員2人に切り付け、それぞれ全治8日から14日のけがを負わせた。また、昔のいじめ加害者2人の居住地と考えていた民家にそれぞれ侵入したうえ、路上に駐車していた車のドアを開け、助手席に乗車していた60代女性にナイフを突きつけて車を奪おうとしたという。

 初公判の法廷には、検察側席の後ろの当事者席に、被害者の女性職員たちが座った。また、傍聴席には、数多くのメディアの記者が詰めかけていた。

 

裁判が行われている大分地裁中津支部
裁判が行われている大分地裁中津支部

 刺さるような視線がいたたまれなかったのだろう。上下のジャージー姿で現れた被告は、終始うつむいたまま、長く伸びた髪に顔を隠して背を向けるように座り、法廷の誰とも目を合わせられずにいた。

 裁判官から罪状への意見を尋ねられた被告は、声を出そうとしても、なかなか言葉にならないように見えた。

「考えが、まとまらないんですか?」

 そう裁判官から意見を促されると、被告は振り絞るような小さな声で、

「もともと、無差別傷害と物を盗ろう(強盗)という意図はありません。被害結果がそうなったのは、事実です」

 と時間をかけて答えた後、大きくため息をついた。

 公判では、検察から、被害者の女性職員についての調書が紹介された。事件1週間後に取られた調書には、「犯人がナイフを振り回しながら迫ってきて、悲鳴を上げながら死を覚悟した。児童や職員に恐怖心を植え付けたことは絶対に許せない。いまだに事件のことで苦しめられている」などと記されていた。

「人生が楽しかったのは幼稚園まで」いじめから長期ひきこもり

「もともとは、悪ではなかった。地域がきつかった。人生が楽しかったのは幼稚園まで。小学校のときからいじめを受け、自分の人生は終わってしまった」

 初めて拘置所で面会した昨年11月6日、被告は堰(せき)を切ったように、ためていた思いを打ち明けた。差し入れた書籍の記述を隅から隅まで記憶する特性を持ち、一方で筆者のことを一生懸命に気遣ってくれる、頭が良くて優しそうな青年だった。

 ところが、そんな彼が口にしたのは、「(いじめた相手を)復讐する方向でしか生きられなかった」という、孤独でつらかった半生の胸の内だった。

被告は子どもの頃、公営住宅で暮らした※写真はイメージ
被告は子どもの頃、公営住宅で暮らした※写真はイメージ

 検察側の冒頭陳述によれば、被告は、小学生の頃からいじめを受け、高校に進学したが、入学後にまもなく対人関係に苦痛を覚えて不登校になり、中退。以来、自宅にひきこもるようになった。ひきこもる中で、痛い思いをせずに死にたいと考えるようになり、いじめの加害者らに復讐したいと考えるようになった。

 そして、アスペルガー症候群の特徴である聴覚過敏とフラッシュバックが組み合わさって、近隣のこども園まで園児の送迎に来た自動車のマフラー音や職員らの話し声などが騒音のように聞こえ、不満を募らせていったとしている。

精神鑑定で発達障害と診断 どんな症状があるのか

 被告は、事件後、約4カ月の鑑定留置を受け、精神鑑定の結果、「広汎性発達障害」の一種で、「自閉症スペクトラム症候群」に含まれる「アスペルガー症候群」と診断された。

 自閉症スペクトラムとは、生まれつき脳の一部機能に障害がある「発達障害」の中でも、相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏り(こだわり)の3つの特徴が現れるとされている。また、広汎性発達障害のかなりの割合の人に「視覚」「聴覚」「味覚」「触覚」などの感覚に対し、特定の刺激に苦痛を感じる「感覚過敏」という症状が見られるという報告もある。

自販機の音も被告を苦しめた
自販機の音も被告を苦しめた

 しかし、検察は「刑事責任能力は問える」と判断。傷害罪のほか、建造物侵入、銃刀法違反、強盗未遂、住居侵入の罪で被告を起訴した。

 被告の両親は「被害者の方々には、心身ともに深い傷を負わせてしまったことを大変申し訳なく思っています。事件直後は“会いたくない”と言われ、遠慮してきましたが、謝罪に行きたいと弁護士通じてお願いしている」と言葉少なに話す。

両親が語る深刻だったいじめと「後遺症」

 両親によると、被告は幼稚園の頃は明るく活発で、友人も多かったという。しかし、小学校に入ると、1年生のときから集団登校で上級生たちにいじめられていたことを後に打ち明けられたという。

 学校に集団登校する40分~50分間、登校班のリーダーらに旗で叩かれたり、カバンをすべて持たされたり、「ばい菌」などと言われたりしたこともあった。

被告が通った小学校への道
被告が通った小学校への道

 学校に行ってからも、トイレの個室に入ると、からかわれたり、のぞかれたりすることが長期にわたって続き、やがて大便を我慢する癖までついたようだと、家族は記憶する。

「いきなり人の悪意に触れて、相当ショックだったのではないか。でも子どもだから、当時、そういうことをうまく私たちに表現できなかったのだろう」

 小学3~4年の頃、父親が一緒に風呂に入ったとき、被告の体にあざを見つけた。「どうしたの?」と聞くと、「転んだ」と答えた。でも、転んでできるようなあざには見えなかった。

 そのうち、だんだんと学校に行かなくなった。朝、登校する時間になると、必ずトイレに入ってひきこもるようになった。その後、起きなくなった。

 学校の担任教諭に相談すると、「いじめなんてありません」「みんなと一緒にサッカーして活発に遊んでいますよ」などと説明されたという。そればかりか、担任が「児童会に立候補してくれ」という理由で、無理やり家から学校に引っ張って行ったこともあった。

 その頃から、自宅でも「誰かがいる」などと言って、被告はかがんでしまうようになった。ちょっとした物音が、被告にはガーンという騒音のように聞こえる「聴覚過敏」という発達障害の特性を持っていることに、周囲が早く気づいてあげられていれば、もっと違った接し方や配慮をすることもできたのかもしれない。

こども園の側から見た被告の自宅。かつては商店を営んでいた(画像の一部を加工しています)
こども園の側から見た被告の自宅。かつては商店を営んでいた(画像の一部を加工しています)

 実際、被告が「遠い所で車の音が聞こえる」というと、家族には何も聞こえないのに、しばらくして、本当に車が家の前を通過していった。被告の耳は、どんどんと研ぎ澄まされるようになっていく。両親は「いじめの後遺症だったのではないか」と振り返る。

 いじめは、被告の過去を知る同級生がクラスで吹聴したことなどによって、中学まで続くことになったようだという。

 学校には通っていなかったにもかかわらず、被告は地域の進学校に入学した。ただ、1週間ほどで不登校になり、高校を中退。家族が経営する店を手伝うようになった。

 やがて被告は、店を手伝っていると、「体の調子が悪い」と言うようになる。車を運転すると、左側の縁石に乗り上げた。左のほうに体が勝手に行ってしまって、まっすぐ歩けなくなっていた。以来、運転は危ないため、車に乗るのもやめた。

 店の手伝いもやめて、整形外科に行くと、頚椎が沈み込む「頚椎陥没」と診断された。手術でなければ治らないと言われた。被告は店を辞めてから、長期にわたり、人との関係性を閉ざすことになる。

「抗議しているのに、声にならなくて」こども園には伝わらず

「先生たちの声がうるさい」

 ある日、被告は家族に、こども園の若い先生数人が隣接する駐車場で長い間しゃべっていて気になると言いだした。我慢できなくて、何回か「うるさい」などと抗議にも行った。真剣に改善を望んでいるのに「小馬鹿にされた」と憤慨して帰ってくることもあったという。

送迎の音に悩まされた被告が抗議に行ったというこども園
送迎の音に悩まされた被告が抗議に行ったというこども園

 ところが、こども園側は、筆者の昨年9月の取材で「そのような意見を言われたことも、やりとりもなかった」と話していた。

「言葉では抗議しているのに、声にならなくて……」

 筆者が面会したとき、被告もそう振り返った。

「送迎のときの車の音や声がうるさくて、こども園に何度も行った……」「あの日(事件当日)は、頭が真っ白になってしまって……」

 被告は、そう語った。

「小学校時代のいじめのトラウマが引き起こされたのではないか」

 両親は、そう筆者に説明した。

 弁護側は、強盗未遂以外の犯罪の該当性を認めて争わないとしたうえで、精神鑑定書の「自閉症スペクトラム」の症状は「重度」と記載されていて、「事件当時、幻覚妄想が存在していた可能性がある」と主張。責任能力は「限定的」であったと訴えた。

県のひきこもり調査では「支援を受けていない」4割

 事件が起きる前、家族にとってのいちばんの懸念は、子どもがひきこもり状態のまま両親も高齢化していくことによって、「親子共倒れに近づいていく」ことへの心配だった。

今は誰も住んでいない被告の自宅。被害者は「建物があることが大きな不安だ」と訴える
今は誰も住んでいない被告の自宅。被害者は「建物があることが大きな不安だ」と訴える

 母親は、地元自治体の精神保健施設の相談窓口を訪れたが、担当した精神科医から「本人を連れてこないとダメです」と対応を断わられたという。

 両親によると、その後、本人からは「殺してくれ」と言われた。地域の支援制度の谷間に置かれ、孤立して情報もない家族が現実にできることは、もはや何もなかった。

 筆者がネットなどを通じて関わってきた「ひきこもり状態」にある人の背景や状況は、1人1人違うものの、多くの人に共通するものは、学校や就労現場の人間関係に恐怖を感じているということだ。今回の被告だけでなく、当事者たちの多くは、言語化したくてもうまく伝わらないもどかしさを抱え、悩みを言える相手もいない。

 ひきこもる本人を抱える家族が、周囲に知られないようにするため、医療や支援などとつながっていないケースも多い。これまでの制度上の不備を背景に、自治体によっては担当者が「埋め戻し」と言って、課題のある家族の存在に気づかないふりをせざるを得ない話も聞いてきた。

大分地裁中津支部の前で松本代表に話を聞く筆者(右)
大分地裁中津支部の前で松本代表に話を聞く筆者(右)

 初公判を傍聴した、大分県のひきこもり家族会「大分ステップの会」の松本太郎代表は、「被害者が精神的ショックを受けていることを知った。刃渡り18.8センチのナイフを向けられたら、誰でも怖い」と述べた上で、「事件を起こす前にサポートできなかったのか」と悩む。

「ひきこもりや発達障害という背景のある現実がきちんと認識されていない。裁判では、ウソをついたのではないかと検察から厳しく追及されていたけど、そういうウソがつけない人たちでもある。うまく言葉にできない様子を見ていると、(被告は)今日もかなりのプレッシャーがあったと思う。ギリギリしゃべっている感じがした」

 事件後の昨年4月、同会の松本代表は県庁で記者会見を行い、ひきこもり状態に悩む本人や家族の長期化・高齢化が進み、県の取り組みには医療・福祉面での対応が必要だとして「当事者が集えるような居場所の確保」などの要望書を広瀬勝貞大分県知事に提出した。

「不審者(対策)一辺倒で、1人の青年にすべての罪をかぶせて終わりでは済まされない。いじめが見過ごされていたし、音に敏感な人や意思表示ができなくて追い込まれている人たちもいる。今の社会には、そんな少数者もいることをしっかり認識してほしい」

 今年4月27日、県は今後の施策を考えるため、民生委員・児童委員を通じて行った「ひきこもりに関する調査」の結果を公表した。

 それによると、「ひきこもり」層に占める40代以上の割合は、約65%。60代以上も2割を超えた。また、「ひきこもり」期間についても、「10年以上」が最も多く、4割超を占めるなど、長期化・高齢化の傾向は、ここでもくっきりと浮かび上がった。

 さらに、支援の状況については、「支援を受けていない」が4割弱。「わからない(知らない)」も45%に上るなど、医療や福祉とつながらず、地域で見えなくなっている実態が、浮き彫りになった。

「社会的監禁」本人や家族のニーズに添った取り組みを

 働くことが前提の世代がひとたび社会のレールから外れたとき、社会には再び戻れる道が想定されていない。「学校や職場に行くと自分が壊されてしまう」という恐怖と不安の中で、周囲からひきこもる行為を責められ、恥ずかしいからと家族に隠されることも多く、ますます身動きが取れなくなっていく。

集配のバイクの音が気になるからと自宅前のポストも事件前に撤去された(画像の一部を加工しています)
集配のバイクの音が気になるからと自宅前のポストも事件前に撤去された(画像の一部を加工しています)

 ひきこもる本人や家族などと対話を続けている私たちは、地域や社会の環境が精神疾患発達障害、ひきこもり状態の人を恐怖に感じたり、世間体を気にした家族が隠そうとしたりして、当事者を追いつめていくことを「社会的監禁」と呼んでいる。自分だけがおかしいと思い込まされている本人や家族への偏見をなくし、地域に理解者を増やしていくことが望まれている。

 周囲は、福祉での対応も含めて、本人や家族の求めるニーズに寄り添った居場所や、その手前にあるプラットホームづくり、思いを受け止めてくれるような安心できる人材の育成など、「就労の前段階」の取り組みを行っていく必要がある。

中津拘置支所のある庁舎
中津拘置支所のある庁舎

 被告は、今年3月に筆者が面会したとき、ふとこう漏らした。

「この拘置所に来て、初めて人間らしい扱いをされたように思います」

 父親によると、警察での取り調べのときも同じような感想を話していたという。これまで人の優しさに触れることが、あまりなかったのかもしれない。

 今後は、6月に検察側の被告人質問、7月に精神鑑定医の証人尋問を経て、今秋には判決が下される見込みだ。

 

小4自殺 いじめ実態 知る大切さ求める

 

豊見城】2015年10月に沖縄県豊見城市の小学4年の男児が自殺した問題で、第三者委員会は自殺といじめの因果関係を認める報告書をまとめた。報告書では再発防止策を提言しているが、その中では「(男児の通っていた)小学校のような問題を抱える学校が全国に存在する」「これだけ悲惨な事件が繰り返された今なお、教育現場が変わらない実態を表す」と、過去に全国で起きた事態の教訓が生かされていなかったと指摘する。悲劇を二度と繰り返さないためにも「教育関係者や子をもつ全国の親その他多くの方々に知ってもらいたい」と強く訴えている。

■認識の甘さ

 報告書では、男児に対する「ズボンを下ろされる」や「カーディガンを引っ張られる」など5件の行為をいじめと認定、これらは2015年5月から10月にかけて発生したとしている。

 この時期、男児は熱心だったエイサー団体を退団しているほか、宿題の提出率の低下や、それまで解けていた算数の問題が解けなくなっていたこと、夏休み後半から元気がなくなっていることに、複数の関係者が気づいていたことを記している。

 報告書は、自殺に至る経過には複合的要因があるとするものの、たび重なるいじめが男児を自殺につながる心理状態に陥らせていたと判断。「自死に向かわせた大きな要因の一つにいじめがある」と断じている。

 一方で、報告書は「自死の直前でも、明確なサインがわかりにくい事例は数多い」と、子どもの心理状態を正確に把握し、自殺の危険を周囲が予測する難しさも強調している。

 しかし、第三者委が「最後のSOS信号だった可能性がある」と指摘したのが、15年9月末に実施された市いじめアンケートだ。男児は「いじわるされたりぬすまれたりしていやになっててんこうをしようかなっと思っているんですがどうしればいんですか」と記していたが、結果的に見過ごされた。認定されたいじめについても、学校側は「『いじめ』ではなくトラブル」と認識していた。

 いじめ防止対策推進法では、いじめを「(児童が)心身の苦痛を感じているもの」と定義しており、いじめの判断には「つらい」など本人の感じ方を重視している。報告書では、いじめに対する学校側の認識の甘さを厳しく指摘している。

 

■断固たる取り組み

 県内のいじめ認知件数は16年度、小学校で前年の約10倍の1万513件、中学校で2倍近い961件と増加し、学校現場が認知に積極的に取り組んでいることをうかがわせる。

 今回の第三者委の市教委への提言でも、いじめを積極的に見つけ出す重要性が強調された。アンケートと教育相談、三者面談、心理検査など、さまざまな手法でいじめを発見するよう求めている。このほか(1)複数の教員やスクールソーシャルワーカーなどで組織的にいじめに対応する(2)いじめに関する研修の実施(3)いじめ防止対策の専任教員の配置―などを提言した。提言に当たり市教委に対し「断固たる取り組み」を求めるとともに、今回浮き彫りになった課題について、教育関係者や保護者ら多くの人に知ってもらうよう訴えている。

 NPO法人おきなわCAPセンターの上野さやか事務局長は「いじめはどこでも起こりうる。いじめが起きる前の予防教育として『あなたは大事だ』と伝え、子どもの自己肯定感を高めることが大切だ」と指摘する。その例として、声掛けを挙げ「ほほ笑んだり、『大丈夫?』と声を掛けたりするだけでも、大切にされていることが伝わる。SOSを受け止められる人は多い方がいい。学校だけでなく、地域でできることはきっとある」と、地域の一人一人が支える重要性を訴えた。

 

原点は幼少期 父のいじめ

 

立ち食いそば店「名代 富士そば」を創業した丹道夫(たん・みちお)氏の「暮らしを変えた立役者」。第2回は終戦前後の小学校時代を語ります。

 

◇  ◇  ◇

 還暦を過ぎて生まれた弟に父は大喜び。血がつながった弟をかわいがる一方、私に接する態度は変わっていきました。ある日、家の近くを流れる加茂川で遊んでいたとき、足を取られ、あっという間に水の中へ。気を失った私は川下へ100メートルぐらい流されたところで、近所に住む工藤清さんに助けてもらい九死に一生を得ました。

 清さんに家まで抱きかかえてもらった私を見るなり、父はいきなり私のほおを平手打ち。よそ様に迷惑をかけたことが許せなかったのでしょう。本来なら子供が助かってホッとするのが親心。しかし、父は清さんに礼も言いません。ほおをぶたれた痛さだけではなく、涙が止まらなかったことを今でも覚えています。

 1941年、私は家から歩いて10分ぐらいの大保木(おおふき)国民学校(戦後は大保木小学校)に入学しました。体が大きくなると、父から家の仕事をやるように命じられました。川に行って風呂に使う水をくみ、山に行って薪(まき)にする木の切れ端を拾い、畑仕事もやりました。閉口したのは肥くみでした。毎月、たまったふん尿を杓(しゃく)でくみとって樽(たる)に入れ、肩でかついで300メートルぐらい離れた畑まで運び、まくのです。

 「弟も私も同じ人間。なのにどうしてこんなにも差を付けるのか」。子供ながらにそんなことを考えたこともありました。後に経営者になって、正社員とアルバイトの待遇に大きな差を付けたくない、と考えたのも、こうした生い立ちが原点にあったからです。

 どん底の幼少期だから、周囲の人たちの温かさは忘れられません。

「こき使われてばかりいると勉強も進まない。僕が君のお父さんに言ってあげるよ」。国民学校の秋山先生はそう声をかけてくれました。うれしかった半面、「やめてください。そんなことをしてもらったら、また父にゲンコツで頭を殴られます」としか返事はできませんでした。

 当時は戦争中、食糧は配給で厳しい時代でした。毎朝、ズダ袋のようなものを背負って、近所の農家に買い出しに行かされました。狭い村ですから、私が父にいじめられていることは周知の事実です。「道ちゃんが来たら、手ぶらで帰すのはかわいそう。何か分けてあげよう」と示し合わせてくれたのか、情けで土間の下に隠してあったカボチャやサツマイモなどを売ってくれました。

 終戦は10歳の夏、イモ畑になっていた校庭で迎えました。雑音だらけのラジオから流れる天皇陛下の声を直立不動で聞きました。終戦の数日前、学校で1本の三ツ矢サイダーが配られました。甘いものを口にする機会がなかった戦争中、家族4人で分け合って飲んだサイダーのおいしかったこと。このときばかりは家族だんらんのひとときを過ごすことができました。

 戦争が終わって、大保木村にできた中学校に通うことになりました。これから入学という矢先、またしても試練に直面したのです。母が私のおでこに手を当て「熱があるんじゃないの」と。診療所に行くと38度。診断の結果は結核の一歩手前の肺門リンパ腺炎とのこと。医師からは当面、自宅療養と言われ、結局3カ月も休みました。「全く体が弱くてどうしようもない」と父から吐き捨てるように言われました。

 

熊本で高3女子が自殺

熊本県北部の県立高校3年の女子生徒(17)が、いじめを受けたことをうかがわせる遺書を残して自殺していたことがわかった。遺族は学校や県教育委員会に対し、第三者による調査を求めており、取材に対し「学校で何が起きていたのか明らかにしてほしい」と話した。

 遺族によると、生徒は17日午前、体調不良を訴え学校を早退した。その後、自殺を図っているのを、様子を見に行った祖母が見つけた。病院に搬送されたが、翌日未明に亡くなった。

手書きの遺書には、同級生から「よう学校に来られるね」「死ねばいい」などと言われたことや、「誤解なのに」「とても苦しかった」「もう死にたい」といった自身の気持ちが書かれていた。学校側に相談したことにも触れていたという。

 女子生徒が通っていた高校では25日、校長が学年集会などで生徒に説明。すでに生徒らからの聞き取り調査を始めているという。27日には保護者説明会を開き、経緯を説明したが、遺族によるといじめとの関連には触れなかったという。県教育委員会は28日、記者会見を開く予定だ。

 

「いじめ」の主導者は保護者だった!

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一般的に、学校内の「いじめ」のキッカケは子どもたち同士によるものというイメージですが、中には保護者が主導して発生するという、信じがたいケースもあるようです。現役探偵として多くの「いじめ」問題を解決に導いてきた阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんは、自身のメルマガ『伝説の探偵』最新号で、ある小学校で起きた「保護者主導」によるいじめ事件を解決した際の顛末を明かしています。その解決方法は、阿部探偵ならではの独特な手法によるものでした。

保護者主導型のいじめ被害について

概要

小学6年生のA君は母子家庭の長男である。

A君には小4の妹と小2の弟がおり、両親の帰りが遅い時は、食事の面倒やお風呂へ入るように言うなど妹と弟の世話をよく見ていた。

この地域に、区などが助成して「子ども食堂ができたのは2017年のことである。

そこそこ有名なNPO法人が管理し、学生らがボランティアスタッフなどで入って学習支援も行うというシステムで、場所は一般には非公開とされていた。

それは、所得など一定水準以下の家庭に対してのものであるからで、区政は、この「子ども食堂に通う子供らが差別の対象となったり、いじめの対象となることを避けるという考えがあった。

私はこの「子ども食堂」の場所はできる前から知っていたが、ちょっとでも関わる者なら容易に知ることができる箝口令は無意味だし、恵んでやっている感を区政が内実持っていることはミエミエだと苦言を呈したことを覚えている。それからは、何を意見しても露骨に無視されたので、耳障りな意見は受け付けない体質なのだと思い、早々に引き上げさせてもらった。

A君は「子ども食堂に行くくらいなら家でカップ麺でもススっていた方がいいという考えの持ち主であったが、学習の支援を受けられることや下の子の面倒も見てもらえるなどから、この「子ども食堂」に時折顔を出していた

この様子を、弟のクラスメイトの母親らが見かけ、何を思ったか、使いかけや買ったけど使わなかった鉛筆を弟にくれたそうだ。この際、「あのご家庭は母子家庭で低収入なのに、子供をぽこぽこ産んでしまっているから大変なのよ」などなどクラスメイトの母親らが有ること無いこと話したせいで、弟はみんなの目がストレスになるという趣旨のことを言い、塞ぎ込んでしまった。

これに腹を立てたA君が、この母親らに鉛筆を返したことで、「せっかく恵んでやったのに、なんなの!!」となった。学校では、「ナマポと呼ばれるようになり、小4の妹は、水を何度も掛けられるといういじめ被害にあった。

「ナマポ」とは、「生活保護受給の差別的略語で、「生」を「なま」、「保」を「ぽ」で繋げている。到底小学生が知る用語ではないだろう。

相談から調査

この状況を遅れて知ったA君の母親は、学校で事情を聞くことになるが、自分の不甲斐なさに泣いてしまったそうだ。また、学校としては手詰まりで、完全な解消は難しいと判断していた。

私が相談を受けた際、母親自体は又聞きが多いことから、私は長男であるA君から直接話を聞きたいと希望した。A君は面倒くさそうにしていたが、様々なことを記憶しており、一回の面談で多くの情報を得ることができた。

この件においては、差別屋に成り果てた母親らが関与しているものと想定して、巻き込み型の調査を実施することにした。

巻き込み型調査は、通常の聞き取りの際に作り上げる情報提供者をより多く作り一定の情報も同時に流して行くという手法で、私がこうした件に関わるようになってから試行錯誤して作り上げた独自の手法である。

特にA君は面倒見がよく、同じ学年で彼に味方する親子も多かったことから、この手法を採用しやすい環境でもあった。

また、本件では、いじめの種を母親らが蒔いていると想定できるため、その根を狩る必要があるが、一般にママ友のネットワークはグループごとに形成されており、ある種の分断と関節がある。これをうまく利用し、根を断つにはこちらが意図する情報をうまく流すことが重要になってくる。

私は協力的な小6の保護者と同級生に状況をわかりやすく説明して、周りの接点ある小4小2の保護者らから情報を集めて欲しいとお願いした。

また、「ナマポ」や「貧乏兄弟」などという差別的言葉を投げかけている者の特定や証言を求めた。

こうした情報収集対策をして歩くと、一部の保護者や学生がにわか探偵になってくれるという現象が少なからず起きる。

そして、情報提供者や調査協力者はリレーションしやすく、一定数を超えると、「いじめをする奴は最低だ」という機運が生じる。

いじめの構造においては、加害者3~5人、囃し立てが加害者と同数かそれ以上、被害者は1人、他はほぼ傍観者となるが、傍観者が無意識に加害者を支持しているといじめは常態化し蔓延するというのが常識だ。つまり、傍観者の意識がどちらに向くかがクラスの空気であると判断できるが、これは「小社会で起きるトラブル構造にも応用できる

つまり、多くの傍観者が情報提供もしくは調査協力者となった時点で、「いじめNO」の立場をその内実表明していることになり、第三者である私に表明した「いじめNO」の立場を自ら強化し、正当化しようとする。そして、これを共有する者を増やして行くようにお願いして周ることで、小社会における正義となる。

特に意見力のある母親らが調査協力者になることは重要で、子供らへの影響が起きやすい。

意見力が強い存在は、その時の空気(雰囲気)を読む力があるから、一定の風が生じてくれば進んで賛同してくれる場合が多い。つまり、私は、調査というより実際は、説得と説明をして周っている。それは情報をくださいとか、協力してくださいということが主題だが、結果得られた情報が報告書に反映されることになり、得て行く支持が解消の糸口となる。

そのため、私はある程度の発破かけと情報の修正、行き過ぎた状況にならないように注視することを主にして、情報の整理とどこで落とし所をつけるかを判断をすることになる。

本件においては、鉛筆を集めた母親らの中心人物が、A君の抗議が気に入らなかったことから発生したことであり、一緒に鉛筆を集めたという母親らがこれを証言した。

一方、噂に乗っかり、十分それで暇潰しをした父兄もいたが、調査が進むうちに「いじめはダメだ」ということになって、小4の妹への水掛けは一切起きなくなった。水をかけた児童は、鉛筆事件の中心人物に近い存在の息子であったが、この子は直接自ら謝罪をした。

小2の弟はまだ小2自体がいじめ意識が低く、差別的な言葉の投げかけをやっている方は遊びの感覚が強かった。通常、教員が根気強く、そして強く注意して修正させていけば収まりそうなものだが、調査対策が進むうちに収まり、元々の友人らとの関係性はいじめ発生前と同じように回復した。

証言が多く進む中、加害の中心となった母親は外に出れない状況になっていった。

謝罪の受け入れなど

多くの協力を得て学校不在で問題は調査完了前にほぼ終結していたが、加害の母親らの謝罪を受け入れないと逆いじめが発生する懸念があったため、問題の中心人物であるA君に協力してくれた友人やその母親らにお礼を言ってまわろうと提案した。

彼は断罪すべきだと思っていたそうだが、それでは今回の加害の中心となった母親らと一緒になってしまうし、対立構造を持ったままになってしまうと説得を重ねた。

このケースでは、保護者らの言動が影響し、子供らのいじめに発展したことを中心にして、加害の中心となった母親らには謝罪は求めないから、猛省して二度とこのようなことはしないと自分で誓って欲しいというメッセージをお礼とともにA君の口から話させることにした。

こうしたメッセージは必ず漏れ伝わるものである。

問題終結のサイン

調査協力をしてくれた保護者のうち、本件で加害の中心となった母親らに近い存在の保護者がいる。この人物らは、調査協力の要請をして回る私を探し直接抗議をしてきた夫婦であるが、その際に説得をして、中立的に情報提供をしてくれることになった。

私はこの夫婦をフラグにして、加害の中心となった母親らにA君のメッセージが伝われば、なんらかのアクションがあると考えていた。

この夫婦は、調査対策が進み、加害の中心となった母親らが、直接他の保護者から抗議を受けたりするところを見て、新たないじめを起こしていると抗議をしてきたから、A君のメッセージは攻め過ぎずに、ホコを納めさせようとする私の意図であることを説明していた。

迷惑をかけてごめんなさい自分のしたことの浅はかさに反省しているし、、、」

夫婦の方へ中心人物からメッセージがきた連絡を受け、私は本件から引き上げをした。