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「いじめカッコ悪い」を学ぼう!

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2017年も残すところ2ヶ月、さまざまなジャンルの映画がこの世に送り出されましたが、実は男同士の“バディムービー(2人の主人公が相棒となって活躍する映画)”が充実していたことをご存知でしょうか? ここでは現在公開中の映画も合わせて、2017年に公開されたバディムービーを振り返ってみます。

1:『セントラル・インテリジェンス』 いじめられっ子が筋肉ムキムキのロック様に!

主演:ドウェイン・ジョンソン(ロック様)&ケヴィン・ハート

(C)2016 Universal Pictures, Warner Bros. Entertainment Inc. and RatPac-Dune Entertainment LLC

11月3日より公開されたばかりの作品です。物語の発端は「昔のいじめられっ子と20年ぶりに再開したら、筋肉ムキムキのロック様になっていた!」という衝撃的なもの。それだけ聞くと「そんなわけあるかーい!」とツッコミたくなりますが、その高校生時代を演じていたふくよかな体型の俳優がわりとロック様に似ていたり、“1日6時間20年間365日欠かさずトレーニングをした”という尋常ではない努力も語られているので十分納得できますね(そうか?)

ゲラゲラと笑えるのは、ケヴィン・ハート演じる相棒が、ロック様の強引なペースに“乗せられてしまう”こと。「俺はお前の相棒じゃねーから!関係ねーから!」と必死に伝えようとしても、「もう協力するかないからね!ほらもう敵が撃ってきてるよ!」と朗らかに答えられるという感じ(笑)。良い意味で強引に窮地を切り抜けたり、ロック様が驚愕の“変身”をしたり、何気ない会話がしっかりと伏線として回収されたりと、ずっと楽しくニコニコしながら観られることでしょう。もちろん、ロック様のモリモリ筋肉で悪いヤツを叩きのめすサービスシーンもあるよ!

そんな良い意味でのおバカ映画なのですが、実はマジメなテーマもあります。ローソン・マーシャル・サーバー監督によると、本作は「大人になるとはどういうことか、それを探求する男の話」でもあるのだとか。確かに、ケヴィン・ハート演じる男は高校時代にスーパースターだったけど、今は冴えない中年になって出世もできないことに悩んでいる。ロック様はいじめられっ子からムキムキな大男に大変身したけど、その内面はまだまだ弱くて脆いところもある。どちらも重大な弱点を持っている……そんな彼らが成長する物語にもなっていました。

観終わった後は「間が抜けている人間でもカッコよくなれる!」「自分のカッコ悪い部分を認めてもいいんだ!」と、ポジティブなメッセージを受け取れることでしょう。同時に、「イジメをしているやつは超カッコ悪い!」という痛快かつまっとうな“正しさ”も知ることもできる……そんな志の高い作品でもあったのです。ぜひ、いじめられっ子に本作を観て欲しいです。きっと強い心を持つことができますし、ロック様のようなモテ男に変身することも夢ではなくなるのかもしれませんよ!

ちなみに、ロック様が海難救助のライフガードに扮する『ベイウォッチ』が現在レンタル中、「ボンクラな高校生がテレビゲームの中に入ったらロック様になっていた!」という『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(ロビン・ウィリアムズ主演の『ジュマンジ』の22ぶりの続編)が2018年春に公開予定です。『ワイルド・スピード』シリーズでロック様のファンになった方も、ぜひチェックを!

2:『グッド・タイム』 弟と一緒に銀行強盗をすると、意外な展開に!

主演:ロバート・パティンソンベニー・サフディ

(C)2017 Hercules Film Investments, SARL

こちらも11月3日より公開されたばかりの作品です。主演の1人は『トワイライト』シリーズで世界中の女の子をメロメロにしたロバート・パティンソンなのですが……本作ではニューヨークの最下層で暮らしているダメ男を熱演、良い意味でイケメンが台無しになっています。

あらすじは、知的障がいのある弟と一緒に銀行強盗を働くものの、逃走中に弟だけが捕まってしまったので、兄がなんとか救おうと奔走する……というものなのですが、途中から「えーっ!」と叫びそうになるほどの意外な展開が訪れます。画がクールな一方で、実は良い意味で間が抜けたコミカルなシーンも多いのです。演出も型破りなところがあり、大作映画にはない“エッジの効いた”作風こそが魅力と言っていいでしょう。

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本作の魅力として外せないのは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)というミュージシャンによる、サイケデリックでカッコイイ音楽。音響設備の整った劇場で聞くと、さらなる高揚感を得られるでしょう。(しかもロックスターのイギー・ポップがエンディング曲に参加!)

なお、本作を手掛けたのは、麻薬中毒の若者たちを描いた『神様なんかくそくらえ』で高い評価を得たジョシュ&ベニー・サファディ兄弟。劇中の知的障がいのある弟を演じていたのは、なんとベニー監督本人だったりします。その他、『ヘイトフル・エイト』でのイッちゃってる演技も記憶に新しいジェニファー・ジェイソン・リーが、カワイくてまともな女性を55歳(!)にして演じていることも注目です。

3:『ヒットマンズ・ボディガード』 ボディガードと殺し屋、その相性は最悪!

主演:ライアン・レイノルズサミュエル・L・ジャクソン

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日本では劇場未公開でしたが、Netflixで配信が行われている作品です。あらすじは、依頼人を守れずに一線を退いたボディガードが、独裁者の有罪判決に必要な証言をさせるため、凄腕の殺し屋を護送するというもの。1人はマジメで厳格だけど、もう1人はおしゃべりなお調子者という。絵に描いたような“相性が最悪の2人”になっていました。

その特徴を端的に表せば、「サービス精神が満点!」ということに尽きます。ありとあらゆるカーチェイスやガンアクションがてんこ盛りで、バディムービーものの醍醐味“2人が共闘していくうちに信頼していく”過程も十分、驚きの真相が隠されていたりと、娯楽性が存分に高い作品に仕上がっていました。

デスペラード』でヒロインを演じていたサルマ・ハエックが攻撃的すぎる女性にハマりまくっていたり、 『レオン』のゲイリー・オールドマンがイヤ過ぎる独裁者を演じていることも大きな魅力です。それにしても、ライアン・レイノルズは苦労人が、サミュエル・L・ジャクソンは腹が立つほどのおちゃめなキャラが似合いますね(もちろん褒めています)。

4:『ナイスガイズ!』 衝撃的かつ、映画のテーマにもなっているオープニングに注目!

主演:ライアン・ゴズリングラッセル・クロウ

ナイスガイズ!

(C)2016 NICE GUYS, LLC

現在レンタル中の作品です。監督は『リーサル・ウェポン』シリーズや『ロング・キス・グッドナイト』などで脚本を務めたシェーン・ブラックで、これまでバディムービーを多く手がけていたからこその、“職人芸”的な上手さが際立った秀作に仕上がっていました。

何よりオープニングが最高です。具体的に何が起こるのかは書きませんが、そのインパクトだけで“つかみ”は十分、その時の少年の“ある行動”は、その後の主人公2人の“信念”につながっていたりもするのです。

基本的に下ネタ満載で、人の死であってもギャグにしてしまう不謹慎さがありながらも、主人公たちに付きそう良識的な13歳の女の子のおかげで、ある一定のモラルが保たれているというのも上手いところ。映画批評サイトRotten Tomatoesで92%の満足度を獲得したことも大納得、誰もが楽しめる娯楽作と言えるでしょう。(ただしPG12指定ですのでお子さんの鑑賞はご注意を!)

ライアン・ゴズリングが『ラ・ラ・ランド』や『ブレードランナー 2049』の時とは正反対の情けないダメ男になっていて、利発な娘に諭されてタジタジというのもたまらないですね。彼がラッセル・クロウに腕っ節でカンタンに負けるだけで笑ってしまいます。そして娘役のアンガーリー・ライスがカワイイ! 吹替版で観ると早見沙織の声がベストマッチで耳が幸せですよ!

5:『スキップ・トレース』 ジャッキー・チェンならではのアクションが盛りだくさん!

主演:ジャッキー・チェン&ジョニー・ノックスビル

スキップ・トレース 仮メイン

(C)2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

ご存知アクションスターのジャッキー・チェンと、社会現象を起こしたドッキリ番組『ジャッカス』シリーズのジョニー・ノックスビルが共演した作品です。どちらも“色々なものを使ったギミックを利用して、命がけのアクションしている”お方なので、その相性は抜群ですね。

内容は、凸凹コンビがいつしか友情を深めていく×世界各地をわたるロードムービー×アクションという、これ以上なくわかりやすいもの。“女ターミネーター”が登場したり、「そんなものまで使うのか!」と驚けるアイデア満載のアクションがたっぷりと楽しめる、痛快愉快な作品に仕上がっていました。

ちなみに、監督は『ダイ・ハード2』や前述の『ロング・キス・グッドナイト』のレニー・ハーリン。彼は『カットスロート・アイランド』でセットを気前よくぶっ壊しまくったら、映画が大ゴケして映画会社までぶっ壊し、映画の赤字記録がギネス認定されるという伝説を残しています。今回も金の糸目を付けないアクションが大盤振る舞いで、特にオープニングのゴージャスな破壊シーンは、観ているだけで幸せになれました。

スキップ・トレース』は現在ほとんどの劇場で上映が終了してしまいましたが、ジャッキー主演映画『レイルロード・タイガー』が現在レンタル中、ジャッキーがアクションをコーディネートしたアニメ映画『レゴニンジャゴー ザ・ムービー』が公開中、12月22日にはタイトルだけでインパクト抜群の主演映画『カンフー・ヨガ』が公開されるなど、2017年はジャッキー・チェンの新作が存分に楽しめる年でもありました。ジャッキーは今後アクションから引退することも表明しているので、劇場で観る機会も逃さず、観て欲しいです。

6:『スイス・アーミー・マン』 ハリー・ポッターが死体役に!

主演:ダニエル・ラドクリフポール・ダノ

©2016 Ironworks Productions, LLC.

ハリー・ポッター』シリーズで超有名なダニエル・ラドクリフが死体となり、その歯をカッター代わりにしたり、口に水をためて水筒代わりに使ったりと、まるで十徳ナイフ(スイス・アーミー・ナイフ)のようにサバイバルで大活躍するという、発想の根幹が狂っている(褒めています)作品です。

もう1人の主人公を演じたポール・ダノは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『プリズナーズ』や『それでも夜は明ける』などで「ギリギリまで観客をイライラさせてから殴られて溜飲を下げる」ことに定評がある優れた俳優ですが、今回では情けないダメ男を熱演。随所に感じられる“モテナイ男”ぶりは真に迫っており、とても演技には見えませんでした(失礼な発言)。

そんなブラックコメディ(下ネタマシマシ)な内容なのですが……意外や意外、ラストは感動して泣いてしまいました。“死体でサバイバル”というイロモノっぽい設定が、ここまでの人間ドラマに昇華されるとは、いったい誰が想像したでしょうか。独特の映像美と躍動感溢れる音楽が相乗効果を生み、これ以上ない爽快感に溢れたクライマックスは必見です! これから上映開始となる劇場も多いので、ぜひチェックしてみてください。

まとめ

この他、2017年に公開された映画では、キリスト教の宣教師が日本で想像を絶する体験をする『沈黙 -サイレンス-』や、青年がいきなり赤ちゃんを育てることになる『あしたは最高のはじまり』も、広い意味ではバディムービーと呼んでいいでしょう。

こうしたバディムービーは、“ダメ人間の成長”や“異なる価値観の者同士がお互いを高め合う”や“人生意味を見つめ直す”など……ただ楽しいだけでなく、映画の醍醐味が詰まっていたり、生きるヒントを見つけられることもままあります。(それは、『明日に向って撃て!』や『トイ・ストーリー』シリーズや『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』や『ミッドナイト・ラン』や『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』などの名作たちが証明しています)

友だちと一緒に観て友情を確かめ合うのも良し、1人で観て男としてしての生き方を学ぶのも良し。2017年の最後に、これらのバディムービーをおすすめします!

 

なぜ"いじめられている人"を見て笑うのか?

「哲学」は人生の役に立つのか。東京大学の梶谷真司教授は「問いの立て方が重要だ」という。たとえば「なぜいじめはダメなのか」ではなく、「なぜいじめられている人を見て笑うのか」と問う。そこから始まる対話は哲学の条件を備えている。具体的な方法を解説していこう――。

仕事、お金、婚活も「哲学」のテーマに

「なぜ働かなければいけないのか?」「どれだけお金があれば幸せか?」「どういう人と結婚したいか?」

哲学には、「小難しく」「変人がやっている」イメージがあるかもしれません。しかし、人生でぶつかるこのような素朴な問いも、「哲学」のテーマになりえます。

近年、「哲学対話」と呼ばれる活動の輪が広がりつつあります。哲学対話に哲学の専門的な知識は必要ありません。数人~十数人が車座になり、互いに向き合って一緒に問い、語り合い、考えを深めていきます。対話のルールさえ守れば、4歳の子どもでも参加できます。これまで、学校やマンションのコミュニティ、農村での会合、地域の子育てサークル、婚活パーティとさまざまな場所で、哲学対話をおこなってきました。どの場所でも皆さん生き生きと頭をひねり、語り合っています。

ただの井戸端会議じゃないか、と思われるかもしれません。しかし、ソクラテス孔子も、弟子や仲間たちと対話する中で思索を深めました。哲学対話は哲学の原点ともいえる試みです。

しかも、この哲学対話を導入することによって、学校のいじめが減り、職場の人間関係がよくなるなど、意外な効果が表れています。ディベートや討論と哲学対話は何が違うのでしょうか。そして、このような効果がなぜ表れているのでしょうか。

「この仕事に意味はあるのか」

哲学とは「問い、考え、語ること」と、私はいつも説明しています。特に「問う」ことは哲学の肝です。哲学対話でも、まず参加者から問いを募り、何を問うべきか投票をおこないます。問いを決めるのに時間をかけるのは、何をどのように問うのかが、私たちが考えることを決めるといっても過言ではないからです。

私たちは、幼いころから問うことの難しい社会に生きています。授業中に質問したくても、進行の妨げになるからと先生に嫌がられます。実際、私が大学での講義中に、「質問はありませんか?」と募っても、ほぼ手が挙がりません。

社会人になっても同様です。会議中にわからない単語が出てきても気軽に聞けないでしょう。

そのわりに、「A+Bの解を求めろ」「プロジェクトを進めろ」と私たちは外部からの問いに頭を悩ませてばかりです。「この仕事に意味はあるのか」と思っても、その問いを自分も含めだれも受け止めてくれない。自分にとって重要な問いを問えずに生きてきたのです。

だからこそ、哲学対話では何を問うのかを大切にします。たとえば、ある中学校のクラスでは「いじめとは何か」がテーマになりました。生徒たちのあいだでいじめが起きていたら、当事者にとって非常につらい時間になる可能性があるでしょう。でも、生徒にとってそれは問うべきことだったのです。

なぜ"いじめられている人"を見て笑うのか

対話をしているうちに「なぜいじめられている人を見て笑うのか」という問いが出てきて、結局「みんな面白いから笑っているわけではない」ということがわかったのです。ほかの人が笑ってるのに合わせていただけで、本当はよくないってみんな思っていたんだと。その日以来、教室からはいじめを笑う声がなくなっていき、「そういうことするのやめなよ」という人が出てきました。そのうち自然といじめはなくなっていったそうです。

東京大学大学院総合文化研究科教授 梶谷真司氏

「なぜいじめられている人を見て笑うのか」は生徒しか思いつかない問いでしょう。だからこそ、このような効果が出たと私は考えています。教師の側から「なぜいじめはダメなのか」という問いで話し合いをさせていたら、これほどうまくはいかなかったでしょう。

学校での哲学対話では、「なぜ部活の先輩に敬語をつかう必要があるのか?」という疑問があがります。自分よりスポーツが下手で、人間的に尊敬できない先輩がいたとき、学年が違うだけでなぜ敬わないといけないのか。社会人なら「なぜ無能な上司のいうことに従う必要があるのか」と置き換えることができるでしょう。

愚痴のレベルなら、「あんな上司のいうことを聞いてられるか!」「あんなやつ嫌いだ!」の一言で終わってしまうかもしれません。一方、哲学対話では「わからないこと」を増やすことが重要です。わからないことが増えることは、多様な視点から考えを深めることにつながっていきます。

「わからないことが増えてよかったですね」

「有能な上司だったらいうことを聞くのはなぜか?」「人格的には素晴らしいけど仕事のできない上司の場合は?」「自分はそもそもどういう人なら敬意を示したくなるのか?」

――そうやって問いを増やしていくと、個人的な問いが、だんだんと普遍的なものへと変わっていきます。そのうち、自分が大切に思っていることや、本当に不満に思っていることに気がつく。これから向き合うべき問いが見つかることもありますし、当初の上司の問題がどうでもよくなることだってあるかもしれません。

悩んでストレスを感じているときは、たいてい、同じ問いが頭の中をぐるぐる回っているだけで、そこから抜け出せなくなっているのだと思います。ストレスを感じたら、いま自分は同じことばかり考えていないか振り返ってみましょう。そして、問いを増やせないか? と発想を転換してみてください。わからないことは増えるかもしれませんが、意外とすっきりするはずです。

哲学対話では、立場の違う他人と話すことによって、問いが自然と増えていく効果があります。私は対話が終わったあとに、「皆さん、わからないことが増えてよかったですね」と声をかけています。

 

アメリカの大胆なイジメ防止策がすごい!!

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以前掲載の記事「文科省『いじめ相談にSNSを活用』会議で飛び交う大人の言い訳」で、SNSでのいじめ相談を国が検討していることを紹介、その問題点などを指摘した無料メルマガ『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』。今回は長野県が開始したLINEでのいじめ相談を取り上げ、さらにニューヨーク州で施行されたいじめ防止に一役も二役も買いそうな条例についても紹介しています。

期待できる「長野県のLINEいじめ相談」と「ニューヨーク州の処罰法」

10月10日、長野県のLINEでのいじめ相談「ひとりで悩まないで@長野」の実績が発表されました。9月10~23日の2週間、中高生から時間外のアクセスを含めると約3,500件アクセスがあり、10人の専門相談員が対応し、547件の相談に乗ったというものです。これは2週間で前年度1年間の電話相談259件の約2倍にあたります。

以前、文部科学省SNSによるいじめ相談が検討されているということを、紹介いたしました。その時に問題点として、

  • 相談に来ている子を継続的に相談できるようにすることが必要である
  • 実際に解決することが必要だ

という2点をあげさせていただきました。この点について、今回、SNS相談事業を受託した関西カウンセリングセンターの古今堂靖(こきんどうやすし)理事長の言葉として「やり取りの記録が残るため引き継ぎが可能で、二者間に限られがちな相談員と当事者のやり取りをリアルタイムで俯瞰(ふかん)し、時には相談員に助言もする職員を置くこともできる」と述べておられるという報道があります。

つまり、今回の長野県の取組みでは、「継続的に相談にのることができる」という点が画期的だと言えます。継続的に相談できるということであれば、「解決できる確率」が格段に上がると言えます。

間もなく、長野県からの正式な中間報告がなされるとのことですが、今回の報道の見る限り、文部科学省としては、この長野県方式を中心に議論を重ねて全国での実施を図っていただきたいものです。

ただ一点、アクセス件数と相談件数の乖離(かいり)が気になります。継続的に相談できるシステムであれば、翌日にこちらからLINEしても良いのではないかと思います。なお、今回の対象は中高生対象となっておりますが、小学校の高学年及び保護者にまで対象を広げられることを期待しています。

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この長野県の取組みは、すでに起きているいじめに対する対応ですが、いじめの抑止策としてはアメリカのニューヨーク州の取組みも参考になります。ニューヨーク州ノーストナワンダで10月から、いじめ加害者の親を処罰するという条例が施行されたというのです。親に子供の行動に対しての責任を問うことにより、いじめを抑止しようとしているのです。

内容としては、子供が90日間のうちに2回、いじめをしたり他の生徒を攻撃したりした場合、その子供の両親は250ドル約2万8,000円の罰金を払うか、もしくは最大15日間刑務所ですごすか、またはその両方が科されるとなっています。しかも、この都市が参考にしたのは、2016年のウィスコンシン州の条例とのことで、いじめ加害者の親を処罰するという方向で、アメリカでは「いじめ防止策」が進んでいきそうです。

明らかにいじめていることが分かっても「うちの子はいじめていない」と強行に主張する親がかなりの数にのぼる日本の現状では、加害者の親の責任を問う条例や法律の制定を検討することも必要だと思います。

また、繰り返しにはなりますが、教師が、いじめを隠蔽したり、いじめを放置したり、いじめに加担したり、さらには、福井の中学生の自殺事件のように、教師がいじめ行為を行った場合には、教師を処罰するという姿勢をこの国は持つべきです。いじめ予防といじめ対処、この両方の施策は、子供たちを守り、いじめのない学校生活を守るためには、絶対に必要なことです。

隠ぺいする教師、教育者が必ず口にする「異常な論理」

ここを変えねば、いじめは消えないのに…

何度でも伝えたい「いじめの構造」

逃げることができず、どこまでも追い詰めていくいじめ。生徒を「生徒らしく」するためだけの、些末でしつこい内部規則。いつも周囲の空気を気にして過剰同調し続けなければならない集団生活……。

学校という囲い込み施設の有害性は、何十年も社会問題になっているが改善されない。

学校や教育の世界を聖域扱いし、それを「あたりまえ」と思いこむ習慣が一般大衆に浸透しているからである。

そして、マス・メディアや政府、地方公共団体、学校関係者、教委、教育学者、評論家や芸能人たちが、でたらめな現状認識と対策をまきちらし、一般大衆がそれを信じてしまうためでもある。

本の学校、特に中学校の全体主義ぶりは、北朝鮮によく似ている。個人の市民的自由を奪い、人間を頭のてっぺんからつま先まで集団化してしまう。私たちは、学校や教育についての「あたりまえ」の感覚によって、そのことが見えなくなってしまっている。

日本の学校から『いじめ』が絶対なくならないシンプルな理由」で、筆者は次の単純明快な正解を示した。

現状分析:①外部から遮断した閉鎖空間に閉じこめ、②強制的にベタベタさせる生活空間が、いじめを含む残酷と理不尽を蔓延させ、エスカレートさせている。

有効な対策:①反市民的な「学校らしい」秩序を許さず、学校を市民社会の秩序で運営させる。②閉鎖空間に閉じこめて強制的にベタベタさせることをせず、ひとりひとりが対人距離を自由に調節できるようにする。

このことについては、拙著『いじめの構造――なぜ人が怪物になるのか』(講談社現代新書)で詳しく論じた。

主題のすりかえが起きている

日本の学校は地獄か…いじめ自殺で市教委がとった残酷すぎる言動」から今回まででは、茨城県取手市で起きたいじめ自殺事件と、それを隠蔽しようとしたと考えられる教育委員会のふるまいをもとに、次のことを行う。

①教委のふるまいとそれに対するメディアの反応を分析し、市民社会が教育に侵食され、別の種類の教育的な「あたりまえ」がまかり通ってしまう現状を示す。

②学校制度が強いる集団生活の中で、いじめ被害者が破壊されていく構造的なしくみを分析し、「閉鎖空間設定責任」という新しい考え方を提唱する。

これまで、いじめ自殺を隠蔽しようとする教委のふるまいを次のように分析した。

まず教委にとっての利害損得があり、それに応じて教育的なストーリーのなかから都合の良い素材を選び出し、いいわけとして組み立てる。

それは、オウム真理教教団が利益を図って行う殺人に、「ポア(魂を高いところに引き上げる慈悲の行い)」という宗教的な意味づけをするのと同じである(「日本の学校から『いじめ』が絶対なくならないシンプルな理由」)。

だが、オウム教団とは異なり、教委や学校関係者による意味づけは、人びとが教育を特別扱いする思考習慣に支えられて、社会に受け入れられてしまう。

そのため、教委や学校関係者(生徒や教員、校長など)は責任を問われることなく、通常ならば処分・処罰される行為をやりたい放題になる。

このとき、主題のすりかえが生じている。

つまり、教委や学校関係者が引き起こす悪や残酷に対し、何が問題であり、どうすれば適切に対処したといえるか、という<問いと答えのセット>そのものが、社会正義を主題とするものから教育を主題とするものへと、すりかえられている。

「信頼」ではなく、チェック機能を

今回の事件では、教委はいじめの隠蔽工作に手を染めていたと考えられる(くわしくは前回および前々回を参照)。これは、公共団体幹部グループによる重大かつ悪質な背任行為である。相応な処分は懲戒免職しか考えられない。

さらに教委によるこの背任行為は、遺族に対しては、名誉毀損(虐待デマの流布)や、これによって非人道的な精神的苦痛を与えた(虐待デマが子を失った遺族に対するものであることを考えてみよ!)可能性も含めて追及されるべきものである。

だが報道によれば、教委は処罰も処分も受けず、記者会見で「被害者によりそい、信頼を回復しながら次に向かっていくよう努めます」と語る。メディアも「不信」「信頼の危機」「信頼回復」といった報道を繰りかえす。被害者も「信頼が失われた」と語る。

メディアでは、「信頼を取り戻すにはどうしたらよいか」といった教育の問題へ主題がすり替わった。教委幹部たちは不正行為を行ったかどうかを追究されず、不信をまねいた過誤によって非難されるだけの人となった。

何か問題が生じたときに、合い言葉のように口に出される「教育(教委、学校)への信頼」が、社会正義によるチェック機構を働かないようにする。そして、教委や学校関係者の不正や残酷を免責し、教育関係者はどんな非道をはたらいても責任を問われないという事態を生み出す。

〔PHOTO〕iStock

教育委員会や学校は、たとえば土建会社のような他の職種と同じものとみなさなければならない。

土建会社が談合や政治家への賄賂をしないと期待できるのは、社会正義の制度による厳しいチェック・システムがある場合だけである。土建会社が土建会社であるというだけの理由で土建会社への信頼を要求するような習慣は有害である。

それとまったく同じで、教育関係者が教育関係者であるというだけの理由で教育関係者を信頼するという習慣も、きわめて有害である(ここでは、チェック・システムが重要という一点に限って土建会社を比較対象にした)。

子どもを守るためには、そのような信頼をなくさなければならない。

重要なのは、教育(教委、学校)への信頼ではない。社会正義のしくみを確かなものにすることだ。

私たちの目標は、教委幹部も教員も生徒も悪をしたくてもできなくなり、そのうち大部分の人が悪をなそうとも思わなくなり、善人になってしまうような、うまくまわるシステムをつくりあげることだ。そのうえで、うまくまわっている程度に応じてそのシステムを信頼すべきなのだ。

信頼できるチェック・システムという観点からは、いじめを隠すと得をする利害当事者である教育委員会が、いじめ調査委を設置することを、即座にやめさせなければならない。これは暴力団が警察を設置するようなことだ。

「被害者によりそい、信頼を回復しながら次に向かっていくよう努めます」といったたぐいの教委の発言には、被害者を害しておきながら、きずな・よりそい・信頼関係をまくしたてるストーカーと<同じかたち>のおぞましさがある。

恐怖の「教育的ストーカー」論理

これまでの経緯を約すると、遺族は「あなたたち教委のことは信頼しない。もう関わり合いになりたくない。あなたたちは、私たちが虐待したから子どもが死んだというデマをまき散らして、いじめを隠蔽している」と訴えている。

これに対し、不正や加害をなしたと考えられる教委は責任をとろうとせず、「おれはおまえたち遺族との信頼を回復するぞ。教委(教育)への信頼を回復するのだ。おれはおまえたち遺族によりそうぞ」という内容の教育的ストーカー論理を、議会や記者会見で堂々と口にしているのである。

もちろん教委は、自己利益のために、遺族をどこまでも虫けらのように扱ってきた(教委が遺族をどのように扱ってきたかについては、前回前々回を参照されたい)。

報道をみるかぎり、教委は本物のストーカーとことなり、ほぼ100%損得勘定で動いていると考えられる。乾いた保身のために利用する教育の論理が、べとべと粘りつくストーカーの論理と同じ形をしているのだ。

この乾ききった保身の利害計算と、粘りつく教育的お涙頂戴芝居をつなぎ合わせるコンビネーションは、もはや教育関係者の職能にもなっている。

なぜ校長は泣くのか

取手市のケースとは別であるが、このことを示す一例をあげよう。

いじめ調査の第一人者ともいうべき探偵の阿部泰尚によれば、校長たちは、不都合なことを表沙汰にしないでほしい、責任をのがれたい、という意向を暗に伝えるための<芸>として泣くことが多いという。もちろん、泣いても不誠実であることは変わらない。

阿部は次のように述べる。

「それにしてもなぜ校長先生という人たちは、あんなにも頻繁に人前で泣き出すのだろう。私の経験から言うと、依頼者である親御さんにいじめの調査資料を突きつけられた段階で、4割ぐらいの校長が泣き出す。特に警察沙汰になりそうな事案では、泣き出すことが多い。

(略)彼らが本気で泣いているとは思えない。(略)ことを荒立てないで欲しい。(略)穏便に事が運ぶように計らって欲しい。それを暗に伝えるために泣いている。というか泣いて見せる。…。校長が泣いた後でも実際に何もしない学校が多い」(阿部泰尚『いじめと探偵』p.p.168-171)

私たちの社会では通常、正当性が問題となるやりとりにおいて、責任ある立場の者が不祥事に目をつぶってほしいと泣くことは、否定的に扱われる。場合によっては嘲笑のまとになりかねない。泣くことは利益にならないので、多くの人はやらない。

不祥事を表沙汰にしないでほしいときに校長が泣くことが驚くほど多いとすれば、それは功を奏する見込みが大きいからである。

すなわち、「ここは教育の場である」と感じられる状況では、通常の公共的秩序が崩れて、不祥事隠蔽のために泣くことが功を奏するような別のタイプの秩序にとって代わられているということである。校長はそこにつけこんで泣く。

ここで重要なことは、私たちの社会がどうなっているかということだ。

この社会は、教育に侵食され穴があいている。不祥事でも校長が泣けば許される穴。教育によって市民社会のルールと人権が否定される穴。教育であれば暴力や全体主義が許される穴。

この穴が広がるにつれて、社会が別のタイプの不健全な秩序に飲み込まれてしまう危険が大きくなる。

「教育」なら何でも許されるのか

この穴がどれほどのものか、マス・メディアの報道スタイルから考えてみよう。

以下の思考実験が示すように、報道は、私たちの社会がどのような状態にあるかを示す指標として用いることができる。

もし、マス・メディアが先述のポアといういいわけを真実とみなし、「過度のポア」「行き過ぎたポア」と報道したとすれば、それは、私たちの社会がオウム真理教にひどく侵食されていることのサインであるといえる。

また、マス・メディアが暴力団による暴力犯罪を「過度の任侠」「行きすぎた任侠」と報道したとすれば、それは、私たちの社会が暴力団にひどく侵食されていることのサインになる。

もちろん、このような思考実験上のシナリオは、現実にはありえない。しかし、こと教育に関しては、このようなことは、あたりまえに起こっている。

NHKのドキュメンタリー番組『クローズアップ現代 なぜ続く〝いじめ自殺〟~こどもの命を救うために』(2017年7月18日放映)は、取手市教育委員会によるいじめ隠しを、背任行為ではなく、「過度な配慮」「行きすぎた配慮」と報道した。

このことは、上で述べた思考実験上のシナリオが実際に起こったと仮定した場合と同程度のひどさで、私たちの社会が教育に侵食され、市民の秩序が破壊されていることを示している。

このような、教育であれば何でも許されるタイプの報道は、これまでも繰りかえされてきた。「教育熱心のあまり」の「行きすぎた指導」と、あたりまえのように。

さらに教員による暴力犯罪は、「体罰」と呼ばれるので、被害者の方に何らかの「罰」を受けるにふさわしい落ち度があり、それに対して加害者が「教育熱心のあまりの行きすぎた指導」をしてしまったというストーリーで認識されるようになる。

そして、「先生がここまでやらざるを得なくなるぐらいなのだから、よほど困った生徒なのだろう」と暴力被害者の方に否定的な感情がむけられるようになる。

こうして「体罰」という誤称によって、教員からの暴力被害者は、レイプ被害者のように二重の被害をこうむることになる(ジャーナリストは、このような二次被害が生じるのを避けるため、教員による暴力犯罪に「体罰」という語を用いるのをやめなければならない)。

このようにメディア報道を指標として、私たちの社会が教育によって侵食され、市民の秩序が破壊されていることを見て取ることができる。

さらにこの『クローズアップ現代』の後半は、いじめの基本を外した相談系、受け止め系、教員の心がけ系の、無意味な対策の羅列である(上記NHKサイトを参照)。

無意味なことを、いじめ対策と称して意味ありげに並べ立てるのを見ると、そこまでして閉鎖空間に閉じこめて強制的にベタベタさせる特殊な学校制度を維持したいのかというのが正直な感想である。

「異常な論理」が「あたりまえ」に…

なぜ、極端な集団主義で悪名高い異常な日本の学校を、せめて先進諸国グループの普通の学校程度に変えるぐらいのことを、誰も提案しないのか(いじめは世界中どこにでもあるが、追い詰められる程度が格段に違ってくる)。

それは、番組を制作する側も含めて多くの人びとが、異常な学校の「あたりまえ」を常識として疑うことなく信じ込んでいるからだ。

また、この番組をつくった人たちは、いじめの主役は加害者の群れであり、加害者を抑制しなければ意味がないことを理解していない。「気持ちを受け止める」相談のあと、あいかわらず加害者に痛めつけられて自殺するということは、いくらでもある。

加害者を制止するか、被害者の生活圏から排除することができなければ、相談など無意味なのだ。学校を、法によって個人が守られ、加害者との距離を自由に調節することができる市民的な生活空間にする以外に、有効な対策はない。

筆者は冒頭で、マス・メディアや政府、地方公共団体、学校関係者、教委、教育学者、評論家や芸能人たちが、でたらめな現状認識と対策をまきちらし、一般大衆がそれを信じてしまうと述べた。

この現状に対し、多くの人たちに次の寓話を読んでもらいたい。そして新聞・雑誌・テレビでいじめ対策を目にするたびに、思い出していただきたい。

ある国では、35歳から40歳までの人を強制的に収容所の監禁部屋に閉じこめて理想の共同生活をさせることにした。そのなかで、人びとは、狭い檻に閉じ込められたネズミのように、互いに痛めつけ合うようになった。人びとを監禁部屋に閉じこめること自体不当であり、収容所から開放するのが基本である。しかし、国は監禁部屋の生活を少しでも快適で健康的なものにしようと、壁紙を三日に一回変えたり、音楽を流したり、早寝・早起き・朝ご飯を推奨したりする工夫をし、それを国民にアピールした。国民はいつのまにか、監禁部屋に閉じこめること自体を問題にしなくなった。そして、監禁部屋で35歳から40歳までの人たちが、すこしでも「マシ」な生活になるような、些末で矮小な工夫がなされたことを、あたかも問題の解決に近づく努力であるかのように報道するようになった(拙稿「インターネットを用いたいじめや迫害をめぐる諸問題」加納寛子編著、内藤朝雄・西川純・藤川大祐著『ネットいじめの構造と対処』金子書房)。

マス・メディアや政府、地方公共団体、学校関係者、教委、教育学者、評論家や芸能人たちがやっているのは、こういうことだ。

マス・メディアの報道は、①世に影響を及ぼすと同時に、②一般大衆の思考や感情の習慣を示す指標になっている。

制作側は、一般大衆の思考や感情の習慣にあわせて番組をつくっていると考えられるからだ。

メディアの報道内容は、日本の市民社会がどのぐらい教育的な<別の現実>に侵食され、乗っ取られているかを如実に示す。

メディアと大衆のあいだには次のような悪循環が生じる。

メディアが大衆ウケするように企画を立てて、でたらめな教育論を流す→大衆のでたらめな「あたりまえ」が強化される→メディアはその「あたりまえ」にあわせて大衆ウケするように企画を立てて、でたらめな教育論を流す→大衆のでたらめな「あたりまえ」がさらに強固になる。

そしてメディアは、この悪循環のなかでつくられた企画どおりに発言する識者や芸能人を選択する。企画よりも水準が高い発言をする専門家は使われなくなる。

マスコミも加担している

筆者の経験を一つ紹介しよう。

NHKの事例】
筆者のもとにNHKから出演依頼がきた。筆者はすぐに了承しますとメール送信し、スケジュールに日程を入れておいた。電子メールで送られてきた企画書には、驚くべきことが書かれていた。
「『いじめられた生徒は、なぜ話を聞いてくれる人がいないと自殺するのか?』と聞きますので、『気持ちを受け止めてもらうことが大切だから』と答えてください」。
それに対し筆者は、「話を聞いてもらえれば、いじめ被害者が自殺しなくなるなどということはありません。ひどいいじめをされて、話を聞いてもらって、その後で、相変わらず加害行為が続いて絶望し、自殺するケースはいくらでもあります。重要なことは、いじめ加害者の迫害を止めること。狭いところに閉じこめないことです」と電子メールで返答をした。
すると、まったく返事が来なくなった。放送日が迫っていたため連絡を入れたところ、「内藤さんの出演はとりやめになりました」とのことだった。
実際に放送された番組を見たところ、筆者の代わりになぜか同姓の元ボクサーが登場し、自分のいじめ体験を語った後、「いじめられている君の気持ちはわかるよ」といった心の話をしていた。

〔PHOTO〕iStock

最近のいじめ報道では、限られた報道枠になにを押し込むかが、教委の言動関連にかたよっている。今回のいじめ自殺事件についての報道も、大半は教委の言動に関するものだ。

教委の背任行為に関しては、少ない報道枠で社会正義の観点から非難し、そのとおりであれば懲戒免職にすべきではないかと報じればよいだけだ。また、背任行為に対し法的な処罰規定をもうけるべしと簡潔に報じればよいだけだ。

報道枠の大部分は、子どもたちを苦しめているいじめと、それを歯止めなく蔓延させ、エスカレートさせている学校制度の改革に割くべきだ。

メディアは最も重要な①中島菜保子さんに対する集団加害の問題を無視し、②集団加害に教員が関与していたかもしれない問題を無視し、③集団加害が蔓延しやすい有害環境としての学校の問題を無視する。

そして、教委の言動に大量の報道枠を絞ったうえで、教委(教育、学校)への信頼が危機にあるとのストーリーで報じ、一般大衆がそれを「あたりまえ」に受け止める。問題の中心が正義から信頼にズラされたことに、だれも異をとなえない。気づきもしない。

一人の女子中学生が学校のグループによっていじめ殺されるという痛ましい事件が起きたのだ。いじめ殺すとは、「さんざん苦しめ悩まして殺す。苦しめ抜いて死なせる」(『日本国語大辞典』)の意である。

社会正義という点からは、菜保子さんをいじめ殺した加害者たちにも厳しく責任をとらせることが要請される。教育でごまかすことができるような問題ではない。

また、社会正義は、このような事件が起きる有害環境としての学校のしくみを分析し改善することを要請する。

もっとも重要なことは、菜保子さんは、学校で特殊な集団生活さえしなければ、追いつめられて死ぬはずがなかったということである。

また加害者のA子、B子、C子ら(場合によっては教諭も含まれる可能性がある)も、学校で特殊な集団生活さえしなければ、他人を死においつめる怪物になることはなかったということである。

学校の閉ざされた特殊な集団生活が、あたりまえの市民生活を送っていれば死ぬはずのなかった少女を遺体にし、怪物になるはずのなかった人を怪物にしたのだ。

いじめ発覚のきっかけは「アンケート調査」

自分から言い出すのは難しいです

自分から言い出すのは難しいです

 

文部科学省は10月末、2016年度の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の速報値を発表した。

いじめの認知件数は32万3808件。2015年度に比べて約10万件増加し過去最高となった。いじめの大半は学校側のアンケート調査などで発覚しており、本人からの訴えや学級担任が発見するケースは1~2割ほどだ。

「本人からの訴えで発覚」は依然として少ない

2016年にいじめの認知件数が大幅に増加した要因には、文科省が今年3月に「いじめの防止等のための基本的方針」を改定し、「けんか」や「ふざけ合い」もいじめの定義に含むようになったことで、認知が進んだことが考えられる。

同年に認知されたいじめの内訳を見ると、小学校が23万7921件(前年度15万1692件)、中学校が7万1309件(同5万9502件)、高校が1万2874件(同1万2664件)、特別支援学校が1704件(同1274件)だった。小学校での認知が顕著だ。

いじめ発見のきっかけは、「アンケート調査など学校の取り組みにより発見」が51.6%で半数を超える一方で、「本人からの訴え」(18.1%)や「学級担任が発見」(11.6%)は少ない。いじめられた児童生徒の相談先は「学級担任」が77.7%で最も多く、「保護者や家族等」(23.9%)を引き離している。

いじめの態様は、「ひやかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」が62.5%で最多。「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする」(21.6%)、「仲間はずれ、集団による無視をされる」(15.3%)が続く。被害者が生命の危険を伴う「重大事態」は400件発生し、前年度より86件増えた。

小中高から報告があった自殺した児童生徒数は244人。このうちいじめを原因として自殺した児童生徒は10人だった。

小中学校ともに不登校件数は4年連続で増加、教員との関係が原因になるケースも

小中学校で年間30日以上欠席する不登校の件数は、13万4398人だった。内訳は、小学校では3万1151人、中学校では10万3247人で、どちらも4年連続で増加している。

不登校の要因を本人に関する要因でみると、「不安の傾向がある」が31.1%で最も多く、「無気力の傾向がある」(30.2%)、「学校における人間関係に課題を抱えている」(16.8%)が続く。

学校に関する要因では、「いじめを除く友人関係をめぐる問題」が25.1%でが一番多いが、「教職員との関係をめぐる問題」で不登校になるケースもあった(2.7%)。実際、今年3月に福井県の町立中学2年の生徒が自殺した事件では、教員との関係に焦点が当てられた。教員の誤った指導などに生徒が不信感を抱くことがあるため、一層の改善が望まれる。

 

ざわちんが小学生時代の壮絶ないじめ経験

  • ・ざわちんが30日放送の「バイキング」で、いじめ経験を明かした
  • ・幼少のころ、色黒だったことが理由で「変なあだ名をつけられた」と告白
  • ・「ゴキブリ」など、とりあえず黒いものに例えられたという
  • 30日放送の「バイキング」(フジテレビ系)で、タレントのざわちんが、小学生時代のいじめ経験を明かした。

    番組の「急上昇!検索HOTワードニュース」のコーナーでは、これまで数々の有名人のモノマネメイクを披露してきたざわちんに直撃インタビューした。インタビューVTRで、スタッフからメイクをはじめたきっかけを尋ねられたざわちんは、小学生時代に受けたいじめの経験を告白した。

    日本人の父親と、フィリピン人の母親の間に産まれたハーフであることを明かしたざわちんは、幼少のころ、色黒だったことが理由で「変なあだ名をつけられたり」「差別をされたっていうのもあって」「自分の見た目にコンプレックスを抱くようになって…」と振り返る。「ガングロ」や「ゴキブリ」など「とりあえず黒いものに例えられてました」と、酷いあだ名をつけられていじめを受けていたことを告白。

    そんなざわちんが小学3年生のころ、メイクをしてキレイになっていく母親の姿を見て「もしかしたら、自分もメイクをしたらコンプレックスがなくなるんじゃないか?」と思ったのだという。

    「いじめられたこともあって、ひきこもりにもなったり」「全然オープンじゃなかった」というざわちんだが、メイクをはじめたことで「自信がついた」「自信がついたことによって、明るくなれて、人と話すこともできるようなった」「性格も変わっていきましたね」と語っていた。

大津市 LINEでいじめ相談開始

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大津市は11月1日から、無料通信アプリ「LINE(ライン)」を利用したいじめ相談の受け付けを始める。運用に先立ち、30日、対応シミュレーションと検証会議が行われた。

 同様の窓口開設は長野県に続き全国2例目。相談の選択肢を増やし、SNS(会員制交流サイト)を使ったいじめの傾向分析にも役立てるのが狙い。市調査では市内中学生の半数以上がスマートフォンを所持しており、10代では音声通話よりSNSを使う傾向が高い実態を考慮して開設する。

 本年度は、市内中学生の3割にあたるモデル校3校2500人から相談を受け付け、市が委託した関西カウンセリングセンターの相談員がLINE上で対応する。必要なら学校現場や関係機関へつなぐ。いじめ防止への広報発信も行う。効果的なら来年度以降の継続を検討する。

 LINE運営会社などによると、同じシステムで9月に2週間先行実施した長野県では、対象にした全中高生12万人から受付時間内に1500件余りの相談が寄せられた。約3分の1に対応した、という。

 対応シミュレーションは市役所であった。スマホから送られてきた「ゲームで友達から責められる」のコメントに、カウンセラーがパソコンで「怖いですね」「気持ちを誰かに相談したことがありますか」と返答、市の開設する相談窓口を紹介した。

 終了後の会議では相談員や市職員が対応マニュアルや情報管理などを確認した。越直美市長は「調査ではSNSでの相談窓口を求める子どもの声が多かった。検証、改善をしながら進めていきたい」と話した。