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いじめ事件 ・イジメ ニュースを発信中!スマホいじめが増加!子供達をいじめから守ろう!

継母にいじめられても…

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閔損(びんそん、紀元前536年-紀元前487年)は、字を子騫(しけん)といい、春秋(周朝)魯国の人。孔子の弟子で、徳行に優れており、孔子が「孝なるかな、閔子騫」(論語・先進)と、その孝行ぶりを称賛したほどである。

子騫の母は早くに亡くなり、父は再婚した。継母は二人の子をもうけた。子騫は両親に非常に孝行であったが、継母は彼を嫌い、実の子二人には綿入れの服を作ってやっても、彼の冬着には葦の花を入れた薄っぺらな服しか与えなかった。

ある冬の寒い日、父の外出に際して、子騫が車を引くことになったが、寒さで震えが止まらず、ロープを落としてしまったため、父に責められたが、彼は何も弁解しなかった。ちょうどその時、葦の花が破れた服の中から飛び出し、父は子騫が継母からいじめられていることを知った。

事情のわかった父はひどく悲しみ、家へ帰ると妻に暇を出そうとした。すると、、、涙ながらに父に、こう言った。「母がいれば、寒い思いをするのは、私一人ですみますが、母がいなくなれば、三人の子供がみな凍えることになります」。

父はそれを聞いて感動し、子騫の言うとおりにした。継母もこれを聞いて、自分の過ちをひどく後悔し、それ以来、実の子のように、彼に接するようになった。


閔子騫の孝行ぶりはそれ以来、遍く天下に知られるところとなった。

 

いじめや虐待などの「犯罪」をなくすための本

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皆さんの中には「法律」と聞いて、ややこしくて難しいものというイメージを抱く方が多いかもしれません。それだけに、「子どもは知らなくても問題ない」と勝手に思ってしまってはいませんか? しかし、いじめ、肉体的・精神的な虐待、SNSでの誹謗中傷、お金や持ち物を奪われるなど、子どもの世界にも「犯罪」は存在します。もし被害に遭ったとき、自分を守る武器となるのが、社会のルールである「法律」です。
 山崎聡一郎さん著『こども六法』の出版元である「弘文堂」のウェブサイトには「子どもは法律を知りません。誰か大人が気づいて助けてくれるまで、たった一人で犯罪被害に苦しんでいます。もし法律という強い味方がいることを知っていたら、もっと多くの子どもが勇気を出して助けを求めることができ、救われるかもしれません」と書かれています。法律を知ることが、子どもにとっても非常に大事なことだとわかりますね。
 では、本書にはどんなことが書かれているのでしょうか。
 「六法」とは通常、日本国憲法、刑法、民法、商法、刑事訴訟法民事訴訟法の6つの法律を指しますが、本書では子どもとあまり関係のない商法の代わりに、少年法、いじめ防止対策推進法を合わせた計7つを法律ごとに章立てで紹介。子どもが読むことが前提なので、小学生でも読めるように漢字にはすべてルビをふり、難しい用語もできる限り噛み砕いて解説されています。
 たとえば、第1章「刑法」では「刑法は破ったら国から罰を受けるルール」「罰金は国に払うお金だよ」「裁判でうそをついてはいけないよ」、第2章「刑事訴訟法」では「現行犯逮捕は誰でもできるよ」「どんなに軽い犯罪でも裁判になっちゃうの?」などの項目が、見開き形式でイラストを交えてわかりやすく説明されています。
 第3章「少年法」には「子どもだからといって謝るだけでは許されない」「14歳以上は大人と同じ罰を受けることもあるよ」などの項目があり、第5章「民事訴訟法」には「いちばん大事なのはお互いに納得すること」「目に見えない心の傷も償ってもらうことができる」などがあります。ただ法律を説明するだけではなく、「苦しんでいる子どもの心に寄り添う本に仕上げよう」という著者・山崎さんの優しさが感じられます。
 また、本書は特に「いじめ」に重きが置かれています。それは山崎さん自身が子どものころにいじめ被害に遭い、自身がいじめ加害者になったこともあるという中で、いじめ問題の難しさを実感してきたからなのでしょう。いじめは、外部から状況判断しづらいケースも多く、ときに子ども同士の「いじり」と誤って受け取られたり、事を荒立てず丸く収めるよう求められたりといったことも起きがちです。しかし、「いじめは犯罪である」「場合によっては法律で罰を受けることもある」という認識がもっと子どもたち、親たち、教育者たちの間に浸透すれば、いじめに対する流れも変わるに違いありません。
 子どもたちに読んでほしいのはもちろんのこと、大人も一緒に本書を読んで、法律についていま一度確認してみてはいかがでしょうか。もし子どもが被害に遭ったときにどう対処すればよいか、本書が一つの指針になり得ることと思います。

  

 

<川口いじめ>武南署の捜査書類に虚偽

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埼玉県警武南署の記録文書について、川口市立中学校でいじめを受けていた元男子生徒=県立高校3年=と保護者が「虚偽事実が書かれている」として県警に訂正請求をしている問題で、県警は1日付の文書で訂正・不訂正の決定期限を9月3日まで延長すると通知した。元生徒が明らかにした。

 通知は本部長名の「保有個人情報訂正決定等期間特例延長通知書」。条例では請求から15日以内、もしくは60日以内に決定する規定。期間延長の理由について通知は「訂正すべきか否かを判断するのに相当な期間を要するため」としている。県警文書課は埼玉新聞の取材に「調査と判断に相当期間かかる」と話した。

この文書は中学校で起きたいじめ問題を巡り、被害者の元生徒が同署に相談したことを受け、学校で学校長や市教委、保護者、武南署員らが集まった2016年12月20日の協議の記録。出席していなかった弁護士が「出席した」とし「警察の判断は正しいと思う、と発言した」としている。

 この協議のため、母親は当時の代理人だった埼玉弁護士会の岡本卓大氏ら弁護士2人とともに学校へ行ったが、警察の説明の間は弁護士の同席は認められなかった。

 母親によると、協議の場で同署員は「加害生徒や目撃した生徒らの記憶や証言が一致せず、首を絞められた被害は確認できるが、元生徒が先に蹴ったことにはなっていない。加害生徒と保護者には厳重に注意した」と説明した。

 このことは市教委が元生徒に開示した「学校報告」でも裏付けられる。同報告は「警察の予定では弁護士は含まれていない」と説明。「連絡調整をし、弁護士は途中参加となり、校長室で待機していただくことになる」とし、署員が「加害生徒とその保護者に厳しく指導した」とも書いていた。

 岡本弁護士は埼玉新聞の取材に「私は同席していないし、そのような発言はしていない。後から会議に出たが、校長に対していじめの認識について詰める議論をした」と証言している。

 元生徒は在校中にいじめを受け不登校になったのは学校や市教委の不適切な対応のためだったとして、市を相手取り損害賠償を求めてさいたま地裁で係争中。

 

佐賀市教委 「コロナいじめ発生防止を」小中に指示

佐賀市教育委員会は9日、新型コロナウイルスの検査を受けた関係者らの子どもへのいじめが起きない対策を講じるように、市内53の小中学校の校長に指示した。児童生徒への指導を徹底し、保護者にも啓発するよう求めた。

 市役所で開いた感染症対策本部会議で言及した。市教委によると、「(陽性、陰性に関わらず)検査を受けた人の家族が通う学校に子どもを行かせたくない」「感染者が地区内で出ているのに入学式をするのか」などの発言が、学校や市教委に複数寄せられたという。こうした発言が、感染者や接触者、医療関係者の子どもへのいじめにつながる恐れがあるとしている。

 東島正明教育長は「誰もが病気になるし、検査を受けるのは自分かもしれない。子どもの言動に大きな影響を与える大人が正しい認識を持ってほしい」と警鐘を鳴らした。

 一方、佐賀市の30代男性が感染経路が不明な点について、秀島敏行市長は「県知事は市中感染の可能性は低いとしている」とし、学校での授業続行や、施設の開館の判断は変えないとした。

 

医療従事者への「英雄化」と「いじめ」。両者に共通する近代国民国家がもつ宿痾

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新型コロナウイルスに対して、最前線で働いている医療従事者に、市民が敬意と感謝を示す運動が国内外で広がっている。ある特定の時間に、市民が窓辺やバルコニーから一斉に拍手を送る「Clap for our cares」は、イギリス発のキャンペーンで世界的に広がり、日本でもいくつかの市役所などで行われている。  東京タワーや大阪の通天閣などでは、医療従事者への感謝のため、青色にライトアップをするという催しを行っている。また神奈川県では、「がんばれ!!コロナファイターズ」というスローガンが記されたステッカーを作成した。FIFAは、医療従事者を真のヒーローだとして、応援する動画を投稿。日本のスポーツ界にも同様の動きが広がった。  こうした感謝を示す動きが拡大する一方で、それに対する批判的な声も、医療従事者の中から起こっている。医療関係者やインフラ関係者をヒーローとしてイラストを描くことによって、エールを送る、「#GratefulForTheHeroes絵」が、ある漫画家の呼びかけによってSNS上で始められた。  ところがこの動きに対して、SNS上で医療関係者から批判が相次いだ。現在の日本の医療現場は、まさに「地獄」と化している。その中で、非当事者が安全な場所から自分たちをヒーローに祭り上げ「応援」するという構図は、結局は自己満足としか思えず、不愉快である、と。自分たちは、「ヒーロー」になろうとした覚えはない、と。こうした声を受けて、医療従事者やインフラ関係者への応援ムードについて、議論が巻き起こっている。  小泉進次郎環境大臣は4月29日、感染リスクを負いながらごみ収集の仕事をしている人に対して、ごみ袋に応援のメッセージを書こうという提案をした。この一国の閣僚としてはあまりにも稚拙であるとしかいえない提案については、流石にまず政府が具体的な支援を行うべきだという抗議の声があがった。

英雄化という「祭祀」

 筆者は、医療従事者やインフラ関係者に対して、感謝の気持ちが湧いてしまうこと自体が悪いことだとは思わない。もちろん、そうした気持ちを表明することによって、勇気づけられる人もいるだろう。また、単なる感謝ではなく、そうした人々に対して危険手当をつけたり、必要な資源を優先的に割り振るなどの具体的な支援は、当然ながら早急にやるべきだと考える。  しかしながら、やはり上述で示した特定の人々を英雄化するような集団的パフォーマンスは、数々の批判が指摘するとおり、ある種の自己満足でしかない。拍手やライトアップは、「前線」にいる彼らを応援するというよりは、むしろ「銃後」における「われわれ」の団結力を鼓舞する効果をもつ。もしかすると、行政の担当者はそれを確信的に行っているのかもしれない。いわば、このようなパフォーマンスは、医療従事者、インフラ関係者を一種のモニュメントとして消費し、感謝や敬意を示してまつりあげる「祭祀」なのだ。  たとえば、民主主義体制であれ、権威主義体制であれ、各国で行われている戦死者、つまり「英霊」の追悼は、国民統合のために必要な「祭祀」に他ならない。「前線で戦う者」たちへの顕彰を行うことによって、「銃後」の市民たちは、いわば慎ましく従順であることを強制されるのである。コロナ禍におけるパフォーマンスも、市民に対して、一種の謙虚な観念を植え付ける。現場のお医者さんや看護師さんはがんばっている。われわれ市民は、かれらのためにも厳しい「自粛」生活に耐えねばならぬ……。  だが、報告されている実際の医療現場は想像以上に過酷である。ICUは埋まり、院内感染の可能性が常にある。マスクは恒常的に不足しており、使い捨てのものを洗浄して繰り返し使用している病院も多い。そこには、イラストに描かれるような英雄は存在してはいまい。  しかし、彼らをヒーローとして顕彰する集団的な「祭祀」は、現実の神話化を引き起こす。戦没者祭祀がもたらす戦争体験の神話化が、戦争の悲惨さを現実的に体験したあともなお、人々に戦争への熱狂を維持させたように(G・モッセ、宮武実知子訳『英霊』柏書房、二〇〇二年、一一二頁参照。)、いつ完全崩壊してもおかしくはない現場の状況から目を背けさせ、国民が一致団結することによってこのコロナ禍に打ち勝つのだというナショナリズム的な夢想に、人々を浸らせるのだ。

「祀り上げ」て、排除する

 さらに、現状、医療従事者やインフラ関係者は単に感謝され、褒めたたえられているのではない。報道によれば、本人や家族が公共交通機関、学校、保育園、その他公共施設など、様々な場所から排除される「コロナいじめ」の対象となっているという。コロナウイルスの感染源であるというのが口実だ。感謝される一方で、嫌悪され、遠ざけられる。一見矛盾した現象が、この社会の中で起こっている。  以前の記事で述べたように(新型コロナウイルスによる「緊急事態」の宣言。起こりうる「人権の停止」に抗うために。)、コロナ禍に巻き込まれた日本は、「例外状態」の中にある。「例外状態」において、われわれが有する普遍的な人権は宙吊りにされ、人は「剥き出しの生」の中に投げ込まれている。  そして、変容してしまった世界の中で、法の外側に、権利が停止された空間に放逐されたのが、医療従事者やインフラ関係者なのだ。「英雄」として祀り上げられるのも、「ウイルス保菌者」として排除されるのも、本質的には同じだろう。要は、「非-人間」ということだ。人間であるとみなされていないから、英雄として消費したり、いじめの対象としたり、好き勝手にできるのだ。  通常状態においては、人は英雄を必要としない。そして、いかなる理由があっても、いじめや排除は認められない。一方で人権が停止した「例外状態」の下では、人は容易にいじめや排除を行う。そして英雄は、そのためにこそ必要とされるのだ。  人々は、医療従事者やインフラ関係者に感謝し、その返す刀でパチンコ業者を排斥する。医療従事者のために通天閣がライトアップされた大阪で、営業を続けているパチンコ業者の名指しが行われたことは象徴的だろう。また、子供がいても休めない看護師をヒーローだと称えながら、(のちに撤回したとはいえ)国は学校休業にともない休暇をとった保護者の支援金から、風俗業を排除しようとしていたことも忘れてはならない。この国の人々は隙あらば、のけものやスケープゴートを探し続けている。  靖国神社に祀られた英霊がいて、非国民がいる。現場で頑張っている医者や看護師や運送屋がいて、自粛に従わないパチンコ業者がいる。これらは双極性の関係にある。だがしかし、これらの両極は、「非-人間」の空間において揺れ動くだけである。結局は英雄も、疎んじられていることに変わりはないのだ。

「英雄化」のくびき

 「英雄化」の例は、このコロナ禍だけではなく、ほかにもある。たとえばFukushima50だ。2011年の福島原発事故において、最悪の事態を回避するため現場にとどまった作業員たちはFukushima50と呼ばれ、映画化もされている。しかしこれも、彼らを英雄化し、神話化することで、いまだなお汚染が残る被災地の現状から目を逸らさせることを可能にしているのだ。  戦争であれ、原発であれ、疫病であれ、国民の神話に基づいた国民の祭祀にケチをつけるものは、団結を妨害する無法者ということになる。日本社会はずっとこの圧力にさらされてきた。いや、日本だけではない。冒頭で述べたように、そもそも医療従事者への感謝は海外発なのだ。どんなにリベラルな国家であれ、「英雄化」の誘惑には勝てない。これは、近代国民国家がもつ宿痾のようなものであろう。  だがそれでもこうしたムードに対しては、積極的に水を差していくべきだ。少なくともこの国では、国民の神話に乗っかって団結し自粛に精を出したことへのご褒美は、せいぜいアベノマスク2枚でしかないのだから。

 

いじめを乗り越え「美」のモデルへ 立ち上がった少女

Bessi/Pixabay

「母斑(ぼはん)」とは何かご存知ですか?先天的要因による皮膚組織の奇形のことで、生まれつき体に付いているあざのことです。ドイツ・ブレーメンに住むマリカ・ナジは、体中・顔中に無数の母斑がある状態で生まれました。壮絶ないじめを乗り越え「ありのままの自分」に自信を持つようになった彼女は、モデルとして活躍するまでになりました。

生まれたばかりのマリカの体を見て、両親はショックを受けたと言います。体中あざだらけで生まれたマリカに下された病名は「先天性母斑(母斑が体の大部分を覆う病気)」。人よりもがんの発症率が高く、このまま生き延びる確率は50%しかないと告げられました。マリカは小さな体で7回もの皮膚除去手術を受けなくてはなりませんでした。

マリカが成長するにつれ皮膚のあざもくっきりと判別できるようになり、残酷で悪質ないじめが始まりました。「みんな私のことを『醜い、汚い、生きる価値ない』なんてののしったの。執拗ないじめと闘う日々は本当につらかったわ。いじめといじめから来る絶望に飲み込まれまいと耐えるだけで精いっぱいだったのよ」とマリカは振り返ります。

学校卒業後、マリカはシングルマザーとなり息子ミランを出産しました。ミランに母斑はありません。医師に「遺伝の心配はない」と何回説明されても、実際生まれてきたミランを目にするまでは不安でたまらなかったと言います。

そしてこの出産がマリカを変えました。「息子には見た目で批判されるこの苦痛を味わってもらいたくない、だからこそありのままの自分を受け入れよう」と考えるようになったのです。

新人モデルとして活動を始めたばかりのマリカですが、新しい「美」の象徴として既に注目されています。「私の存在は『何が美しいのか』という新しい基準を生み出したの。『美』は多様性を意味するもの。だって、たった1つのサイズ・色・形で表現されるものじゃないでしょ。だから私、自分に誇りを持っているの。これが正真正銘、本当の私。自分自身でいることが成功の秘訣なのよ。」

ありのままの自分を受け入れ「母斑がなかったら私じゃない」とまで言い切るマリカ。前を向き堂々と人生を歩んで行く彼女の力強い言葉は、たくさんの人に勇気を与えることでしょう。「個性」とは何か、今一度考えてみませんか?

 

新型コロナウイルスによる偏見差別いじめ

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■病気と偏見差別いじめ

歴史の中で、いくつもの病気が偏見差別の対象になってきました。

私たちは恐れています。コロナの感染だけでなく、人から責められ、恥をかくことを。

「我が社(店、学校)から一人の感染者も出すな」。そんなスローガンも掲げられます。それが感染予防に努めようという意味なら良いのですが。

ある種の病気は、スティグマ(烙印)になります。慰められるべき病なのに、責められるべき失態、悪による報い、業(ごう)になってしまいます。

ハンセン病、精神病、エイズ。多くの人々が、社会からの不当な扱いで苦しんできました。

人々は病気自体で苦しみ、病気による偏見差別で苦しんできました。その偏見差別は、社会全体を蝕むことにもつながります。

それは今、新型コロナウイルスの感染爆発が起きている世界で、日本で起きています。中国人やアジア系の人が欧米で偏見差別の対象になり、また流行地の移動に伴って、ヨーロッパの国同士でも起きています。

日本でも、感染者に対してだけでなく、医療従事者への偏見差別、その家族へのいじめ問題なども起きています。

医療従事者の子供が、学校で「バイキン」と言われたという報道もあります。子供だけでなく、大人も、医療従事者や家族を不当に避ける人々がいます。

宅配の配達員さんへの心ない言動も、話題になっています。「バイキン扱いされた」と嘆いている人もいます。

このような偏見差別いじめが、医療従事者や働く人々の心を痛めつけることにもなります。

普段でも偏見差別いじめはだめですが、感染拡大の非常時にそんなことになれば、社会の混乱は増し、かえって感染の危険性を高めることにもなるでしょう。

だから、何とかしないといけません。

新型コロナウイルスによる偏見差別を止めるために

アメリカ心理学会は、新型コロナによる偏見差別を止めるための発言をしています。日本心理学会がそれを翻訳して公開しています。

病気の流行は、偏見差別を生みやすいものです。「チャイナウイルス」「武漢ウイルス」などの名称は偏見差別につながりやすいと、アメリカ心理学会は指摘していますが、幸い日本ではほとんど聞かれないネーミングです。

それでも、日本でも世界でも、病気による偏見差別は起こり続けています。しばしば社会的弱者が偏見差別の対象になり、そのことでさらに彼らの健康が悪化してきました。

■コロナヘイト、コロナによる偏見差別いじめを防ぐために私たちができること

では、私たちに何ができるのか、アメリカ心理学会は次のような提言をしています。

○事実を伝えること

私たちはみんな、すでに偏見を持ってしまっています。少数者、病人、障害者、外国人に対して、決まり切ったステレオタイプ的な見方もしがちです。

感染症の流行時などは、正しい情報を十分に伝え続けないと、歪んだ偏見が強くなりがちです。

感染症がはやる前から差別されやすい人々に対する配慮を、最初の段階から忘れてはいけません。

日ごろからいじめの対象になりやすい子は、このコロナ騒動の中でまたいじめられていないか、注意して見守らなければなりません。

新潟県三条市の郵便局の職員が感染したと報道された時です。この人は、郵便配達の業務をしていました。郵便局はいったん閉めて消毒が行われましたが、この職員がどの地域に配達していたかは発表されませんでした。

新潟県の担当者と専門家が、郵便物を介しての感染はまず考えられないときちんと説明をしたのです。

もしも、この正しい事実を説明しないままに配達地域を発表などしていたら、地域の人は余計な不安に駆られたでしょうし、郵便局職員への偏見差別が生まれていたかもしれません。

危険は危険と伝え、安全は安全と伝える、正しい情報が必要です。

○社会的に影響力を持つ人たちを巻き込む

感染症を特定の国や人々と結びつけることが、偏見差別につながります。みんながそんな誤った考えを持たないように、政治家、有名人、リーダーたちが、まずしっかりとした正しい考え方をもつことが必要です。

このような社会的に影響力の強い人々が、偏見差別を受けている人と積極的に交流している姿を見せることも、偏見差別防止に効果的だとアメリカ心理学会は勧めています。

この方法は、今回に限りません。

たとえば、対立する2つの民族の、それぞれを代表するような人が笑顔で語り合い握手をする姿を見せることで、民族間対立を和らげる方法などが、これまでも実践されてきました。

〇感染経験者の声を広める

感染しても、ほとんどの人が回復します。そのような人たちの生の声を聞くことは、冷静さを保つために必要なことです。

医療従事者をみんなでたたえることも、彼らへの偏見差別いじめ防止につながります。

放置すれば、ひどい非難や偏見差別いじめが起きやすいのですから、心ある人が積極的に良いことをしましょう。

〇民族の多様性を示す

感染予防のためには、いろんな人たちが協力し合う必要があります。いろいろな職業、様々な国、多様な社会的立場の人たちが協力し合わなければ感染予防は進まないことを示しましょう。

偏見差別は、多様性の軽視から生まれます。「日本人は規則にうるさいまじめな努力家」と諸外国からは見られているかと思いますが、国内いる私たちは、いろんな日本人がいることを知っています。

明るいとか、うるさいとか、不潔とか、ある人々のことをそう思うのですが、実際は様々な人がいるのです。

〇倫理的な報道の推進

感染者や所属組織を悪いと言っているかのような報道は避けなくてはなりません。

〇根拠のない話、うわさ、ステレオタイプを正し、偏見を助長する言説に異議を唱える

偏見差別を広げるような、無責任なうわさ話、ツイートなどをしない。むしろ、そんなことは間違いだと発言していく責任が、私たち一人ひとりにあるでしょう。

■いじめが起こりやすい環境

上記のアメリカ心理学会からの提言とは別に、教育心理学の分野で、いじめが起きやすい環境の研究が行われています。

いじめたい衝動を持った子が、いじめを許容される環境に置かれたときに、いじめは発生します。

様々な不安や不満を、どこかにぶつけたいと感じている子がいます。たまたま、ちょうどよい攻撃対象をみつけます。そして、その子をいじめることが許される場で、いじめは起きます。

もちろん、どの場所での「いじめはだめ」なのですが、心が感じる環境は違います。

たとえば、高圧的な担任のもとでいじめは起きます。子供が先生の真似をして、弱肉強食の、力でねじ伏せるような雰囲気ののクラスで、いじめは起きるのです。

一方、ただの友達のような頼りない担任のもとでも、いじめは起きます。先生がクラスの統制をとれないので、クラスは無法地帯になってしまい、いじめが起きるのです。

これは、大人の世界も同じかもしれません。みんなが不安を感じ、様々な欲求不満を感じているそんなとき、国のトップが自国のことしか考えない態度を取れば、国民も他国民に対する偏見差別を強めるでしょう。

一方、リーダーシップを取れない頼りない人がトップになれば、少しでも感染の危険を感じる人々を平気で排除し、弱者を押しのけて強者だけがマスクやトイレットーペーパーを手に入れる社会ができてしまうのでしょう。

強い者だけが生き残るような社会では、困ります。感染が広がる中、私たちは社会的距離を取らなければならないのですが、心には絆が必要なのです。

国内でも都道府県境を越える移動を控えましょうと、各地域の知事が要請していますが、それは日本全体での感染拡大を防ぐためです。

自分の地域や国を守るのは当然ですが、移動自粛要請は、自分の地域だけを守り、他地域の人を嫌っての行為ではないはずです。

新型コロナウイルスとの戦いは、戦争です。戦いに勝つためには、仲間同士が良いチームにならなければなりません。