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宗教一家のぼくがいじめられてわかった「祖母の嘘」

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祖母は人生の幸不幸が信仰心によって左右されるのだと堅く信じている人だった。なにかいいことがあれば「神様のおかげだよ」と言われ、嫌なことが起きてしまえば「信仰が足りなかったんだ。もっと祈りなさい」と叱られた。

 

幼い頃からそんな祖母の価値観を植え付けられていたぼくは、いつからか「幸せな子ども」を演じるようになっていった。いつだって楽しくて、1ミリも悩みのない人生を歩んでいる。そう振る舞わなければ、祖母に「真面目に信仰できない、ダメな孫」という烙印を押されてしまうような気がしたのだ。  でも、思春期の子どもの大半がそうであるように、ぼくにだって悩みはあった。なかでも一番大きかったのが、人間関係にまつわるものである。

 

フリーライター五十嵐大さん「祖母の宗教とぼく」五十嵐さんは宗教三世で、生まれたときから信仰に熱心な祖母のもとに祈りを強いられていた。「おばあちゃん」の言うことを一生懸命聞いていたが、友人関係を壊されたり、母への過干渉を目にしたり、徐々に疑問を抱くようになる。「信教の自由」とはなにかを改めて私たちに考えさせる。

個人の信仰を、家族に、誰かに「強いる」のは果たして「信教の自由」なのか、と。

宗教といじめについて実体験を綴る。

 

一生懸命“ふつう”であることを演じていた

小学5年生のときに、祖母が友人の家に勧誘に行き、それが原因で友情がこわれたこともあった Photo by iStock

 当時のぼくにとって、家族が“ふつう”ではないことがひとつのコンプレックスになっていた。両親は聴覚障害者、祖父は元ヤクザの乱暴者、そして祖母は熱心な宗教信者。どうしてぼくは“ふつう”の家に生まれなかったんだろう――。常にそんなことばかり考えていたように思う。同時に、“ふつう”の家に生まれた周りの子たちを羨むようになっていった。いま思えば、家庭のことなんて外から見ているだけではわからない。きっと誰もが悩んでいたはずなのだ。でも、視野が狭かったぼくは、とにかく周囲の子たちと自分とを比較し、特殊な環境にいることに絶望していた。  子どもの世界はとても小さい。そして、“異物”は排除されてしまう。ちょっとでも変わっているところがあれば浮いてしまい、からかわれ、いじめの対象にもなりうる。だからぼくは、いつも“ふつう”の子どもに擬態していた。けれど、ふとした瞬間にメッキが剥がれてしまう。それに怯えたぼくは、徐々に周囲と距離を置くようになっていった。深く関わらなければ、自分の正体がバレてしまうこともない。  そうして中学校にあがる頃には、引っ込み思案で、常におどおどしていて、同世代の子たちとうまくコミュニケーションが取れない子どもになってしまった。

いじめられていても、誰にも相談できなかった

Photo by iStock

 傷つかないように、あるいは傷つけられないように、先回りする。ときにその行動が裏目に出てしまうこともある。中学生になり周囲の顔色ばかりうかがっていたぼくは、案の定、一部の生徒たちに目をつけられてしまった。彼らから、いわゆる“いじめ”を受けるようになったのだ。  すれ違いざまに悪口を言われたり、根も葉もない噂を流されたり、ときには放課後に呼び出されて「態度を改めろ」と責められることもあった。弱気なぼくはヘラヘラと笑うことしかできず、心を殺してやり過ごした。これくらい大丈夫、こんなのいじめには入らない。自分で自分を騙し続けた。  ところが、こちらがなにもしないと、いじめはどんどんエスカレートしていくものだ。あるときから、家に直接電話がかかってくるようになった。電話口の向こうから聞こえてくるのは、ぼくへの罵詈雑言と脅し。やってもいないことで責められ、「もう学校来んな」と繰り返される。そして複数人がゲラゲラ笑う声が響いた後、一方的に切られてしまう。  正直、疲弊していた。自分のなにがいけなかったのだろう。自問自答しても、答えなんて見つからなかった。  「なにかあったの?」  一度、祖母にそう訊かれたことがある。電話を切った後、泣きそうになっていたぼくを見て、心配してくれたのだろう。でも、ぼくはなにも打ち明けられなかった。事情を説明したところで、「信仰心が足りない」と言われてしまうことがわかっていたからだ。  両親に相談することもできなかった。耳が聴こえない彼らに対し、たどたどしい手話を使って、自分の置かれている状況を説明することは困難だと思ったのだ。ただでさえ、子どもがいじめを受けていることを知れば、親はショックを受けるだろう。あなたたちが愛してくれている子どもは、外で嫌われているんです。そんなこと、言えるわけがない。しかも、やさしい両親はきっと、自分たちの障害が原因だと捉えてしまうはずだ。ぼくはそんなことで彼らを傷つけたくなかった。  ぼくにできることは祈ることだけだった。神様、どうか助けてください――。

いじめで大怪我をしたいとこのヒトミちゃん

Photo by iStock

 ちょうど同時期に、いとこのヒトミちゃん(仮名)もいじめを受けていることがわかった。彼女は母の二番目の姉の娘で、ぼくより少し年上の子だった。  ヒトミちゃんのいじめについて相談しにやってきた伯母は、祖母の前で涙ぐみながらどうしたらいいのかと訴えていた。聞いてはいけない話のような気がしたものの、ぼくはその場を離れることができなかった。  すると祖母が言う。  「もっともっと祈りなさい。そうすれば必ずいじめはなくなるから」  やっぱり、そう言うよな。予想していたけれど、祖母の言葉に少しだけ落胆してしまう。  ただし、伯母はそうではなかった。彼女は祖母の言葉に深く頷き、涙を拭う。その涙は先程まで流していたものとは異なり、祖母が話す神様の偉大さに感動していることを表していた。  「そうだよね。どんな苦境も、祈れば乗り越えられるんだよね。私も娘も、祈りが足りなかったんだと思う」  すっきりした様子で伯母は帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、祖母は「大丈夫」と呟いた。  けれど、大丈夫、ではなかった。伯母が相談に来てから数カ月後、ヒトミちゃんは大怪我をした。学校の自転車置き場で突き飛ばされ、前歯を折る重症を負ってしまったのだ。それを機にヒトミちゃんが受けていたいじめは明るみとなり、やがて事態は収束した。  結果的にヒトミちゃんへのいじめはなくなった。ただし、彼女が払った代償はとても大きなものだった。

頼れるのは神様ではなく、自分自身

祈るだけではダメなんだという現実を受け止めた Photo by iStock

 神様はヒトミちゃんになにもしてくれなかった。それどころか、伯母も祖母も彼女を助けようとはしなかった。  その事実に直面したとき、ぼくは「次は自分の番だ」と思った。依然として、ぼくに対するいじめはなくなっていない。このままだと、ぼくもヒトミちゃんのようになってしまうかもしれない。でも、誰に助けを求めたらいいのだろう。  神様は頼れない。家族にも頼れない。それならば、自分でどうにかするしかないじゃないか。  いじめを受けるようになってから、およそ半年。ついにぼくは決意した。  いつものように呼び出され、彼らが待つ放課後の教室へと向かう。そこには髪を染め、制服を着崩した男女が数人いて、ぼくに鋭い視線を向けてくる。  学校来んなって言ってんだろ。 お前、まじでうぜぇよ。 つーかさ、なんで生きてんの? 

ヒトミちゃんのようにはなりたくない

 次々に浴びせられる罵声。いつもならば、ぼくは押し黙り、嵐が過ぎ去るのを待つだけだった。怖い。でも、もう我慢しない。  「……うざいのは、どっちだよ」  震えながらも口を開くと、彼らはみな驚いた表情を浮かべた。ぼくが反論することなんてまったく想定していなかったようだ。  もうどうなっていい。ぼくは勢いのまま、彼らのことを否定した。  「そうやって群れていないとなにもできないくせに! ひとりじゃなにもできないくせに!」  興奮状態だったので、詳細は覚えていないけれど、そんなことをまくし立てたと思う。ずっと我慢してきた想いと、ヒトミちゃんのようにはなりたくないという恐怖が、ぼくを突き動かす。自分自身を守るためには、神様や祖母に頼らず、ぼくだけでどうにかしなければいけないのだ。  彼らがこれまでにしてきたこと、そして彼ら自身を散々罵倒する。ぼくの剣幕に、彼らはなにも言い返さなかった。  「もう、これ以上はぼくに関わらないで」  最後にそう吐き捨てると、ぼくは教室から駆け出した。教科書の入ったカバンがとても重かったけれど、ぼくは自宅までの道のりを走った。呼吸が苦しくなって涙が出てきても、足を止めることができなかった。

ヒトミちゃんとぼくはなにが違ったのか

いじめられることはなくなり、学校でおどおどすることもなくなった Photo by iStock

 翌日、学校へ行くのが怖かった。でも、ここで休んでしまったら、負けを認めることになる。ぼくは不安を抱えながらも、休まずに登校した。  すると、昇降口で彼らと遭遇した。なんて運がないのだろう。けれど、彼らはぼくを一瞥したものの、なにも言わずにそのまま行ってしまう。速まる鼓動を感じながらも、ぼくは何事もなかったかのようなフリをした。  結局、それ以降、ぼくへのいじめはなくなった。あの日、ぼくがまくし立てたことが効いたのか、それともいじめ自体に飽きてしまったのかはわからない。でも、それから卒業するまで、ぼくがいじめられることは一切なかった。  *  高校を卒業してから、ヒトミちゃんは引きこもりになってしまった。今年で40歳になるだろうか。いまだに外に出ず、家のなかで過ごしている。そして唯一、宗教の集まりがあるときだけ、伯母と一緒に外出しているという。  もしもあのとき、伯母や祖母がヒトミちゃんを助けていたら、彼女の人生は変わっていたのではないか。時々そう思うけれど、ぼくは誰にも言えずにいる。