いじめ後遺症克服のきっかけ
東京都内の公立小中高校などで令和元年度に認知されたいじめは過去最多の6万4579件にのぼり、深刻な状態が続いている。過去に受けたいじめで植え付けられた自己否定感から抜け出せず、大人になっても人間関係が構築できずに社会から孤立する「いじめ後遺症」に悩む人も少なくない。「自分を肯定するきっかけになれば」-。被害者同士が交流する場を設ける自助グループ「のばらの会」(新宿区)世話人の下村順一さん(48)は、いじめで見失った「自分」を取り戻そうと奮闘する被害者の心に寄り添う活動を続けている。(植木裕香子)
「のばらの会」が発足したのは平成26年。「いじめ後遺症」に悩む被害者同士が現実社会でつながる場が少ない現状を知った下村さんが中心となり、活動が始まった。
下村さん自身も中学3年のころ、同級生の一人からいじめを受けた経験を持つ。卒業するまでの約10カ月間、休み時間になる度に「お前は頭が悪い」と罵(ののし)られたり、腹部を殴られたりといった暴力を受け続けた。
当時、下村さんは卓球部と演劇部の部長を兼務し、生徒会に所属していた。「周囲に『いじめられている格好悪い奴』と思われるのが嫌で、平気なふりをしたり、じゃれあったりしているように見せかけた。思春期特有のプライドが邪魔したかもしれない」と振り返る。
だが、先生や友人、親に気づかれないよう一人で抱え込んだ傷は、卒業後の人生に暗い影を落とした。
高校では他人への恐怖感がぬぐえず、同級生とは敬語を使って話した。大学に進学しても、上手に交友関係が築けず、不眠や体重減に悩まされた。そして大学2年になると、医師から鬱病と診断された。
休学し、先の見えない療養生活に入ったが、黙って自分を受け入れてくれた両親や、つらい思いを両親に代弁してくれた医師らによって自分が“肯定”されたと感じられるようになると、少しずつ回復した。
治療から7年、いじめを受けたときから13年。ついに、投薬治療を継続しながらも働けるようになった。
「自分の経験が何かの参考になれば」-。「のばらの会」では、いじめ被害者による交流会を毎月2、3回実施。新型コロナウイルス感染拡大を受けて5月以降は、都内の会議室で開催していた交流会をインターネット上で行っている。相手への否定につながるコメントは互いにせずに、「言いっぱなし、聞きっぱなし」をルールとして、参加者は自身のいじめ体験を語り合う。東北や関西地方など、全国各地から問い合わせがあるといい、参加者は延べ約100人にのぼる。
「いじめ加害者と会わなくなった後も続く被害者の苦しみが注目される機会は少ない。だけど、今もなお、癒やしがたい傷を抱え、社会に出ずにひきこもり苦しんでいる人もいる。そうした人に、誰にも否定されず、分かち合える場があることを知ってほしい」
下村さんは来年以降、環境が整備されれば場所に関係なく、いじめ被害者が参加できるインターネット交流会実施に、より一層力を入れる方針だ。