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(9)北海道 凍死事件 背景にある いじめ問題 の詳細! (1)~(25)まで

  

※本記事では廣瀬爽彩さんの母親の許可を得た上で、爽彩さんの実名と写真を掲載しています。
この件について、母親は「爽彩が14年間、頑張って生きてきた証を1人でも多くの方に知ってほしい。
爽彩は簡単に死を選んだわけではありません。
名前と写真を出すことで、爽彩がイジメと懸命に闘った現実を多くの人たちに知ってほしい」との強い意向をお持ちでした。編集部も、爽彩さんが受けた卑劣なイジメの実態を可能な限り事実に忠実なかたちで伝えるべきだと考え、実名と写真の掲載を決断しました。

ウッペツ川の事件をきっかけに入院した爽彩さん

 6月、爽彩さんが地元のウッペツ川へ飛び込んだ事件が発端となって、警察が捜査を開始。
わいせつ画像を送ることを強要した加害少年のC男は児童ポルノに係る法令違反、児童ポルノ製造の法律違反に該当したが、当時14歳未満で刑事責任を問えず、少年法に基づき、「触法少年」という扱いで厳重注意を受けた。
A子、B男、D子、E子らその他のイジメグループのメンバーは強要罪にあたるかどうかが調べられたが、証拠不十分で厳重注意処分となった。
事件後、爽彩さんは心身のバランスを崩し、長期入院を余儀なくされた。

飛び込み事件の現場となったウッペツ川 ©文藝春秋

「Y中学校の教頭や先生は爽彩が入院していた病院にお見舞いに来てくれて、
『がんばれー、爽彩さん』と励ましてくれました。
母親は『爽彩との時間を大切にしたい』と毎日、病院へと通う一方、何度かY中学校にも呼ばれて、学校側から加害生徒の聞き取り調査の経過報告などを受けていました。
ただ、母親は爽彩のイジメに相当ショックを受けていて、心労が重なり、体調を崩すことがあったんです。
そのため、Y中学校側との話し合いの場には代理人の弁護士に行ってもらうことにしたんです」(同前)

 

弁護士の同席を認めず「加害生徒にも未来がある」

 母親としては、弁護士にはあくまで自身の代理として調査結果の聞き取りなどを行ってもらう予定だったが、Y中学校側は急に態度を硬化させた。前出の親族が続ける。

「母親が弁護士の同席を学校側に求めたら『弁護士が一緒では話すことができない』と、母親一人で来るように指示を受けました。
母親は仕方なく、体調がすぐれない中一人で学校へ行きました。
その話し合いの場で、教頭先生から『わいせつ画像の拡散は、校内で起きたことではないので学校としては責任は負えない』『加害生徒にも未来がある』などと突然告げられたそうです。
その話を母親から聞かされた爽彩は『どうして先生はイジメたほうの味方にはなって、爽彩の味方にはなってくれないの』と泣いたそうです」

爽彩さんがイジメをうけた後に描いた絵

 その後、加害者のC男、D子、E子が通っていたZ中学校から「加害者の保護者から謝罪の場を設けてほしいという要請があった」という連絡がY中学校にあった。
そこでY中学校とZ中学校は検討を重ね、合同で「加害生徒と保護者が、爽彩さん側に謝罪する会」を開く予定で進めることになった。

 

しかし、爽彩さん側が、謝罪の会に弁護士の同席を求めると、Y中学校は同席を拒否。
Z中学校は同席を認めたため、結局、謝罪の会はY中学校とZ中学校別々で行われることになった。

旭川東警察署

Z中学校では「見ていただけ」と言い訳する加害生徒も

 2019年8月29日の夕方、爽彩さんの母親と弁護士、
加害者C男、D子、E子と自慰行為の強要の場に居合わせた複数の小学生とその保護者らが出席して、Z中学校での「謝罪の会」は実施された。
母親の支援者が打ち明ける。

「Z中学校からは爽彩さんを連れてきてほしいと言われましたが、爽彩さんは出席できる状況ではなかったので母親と弁護士だけで出席しました。
20名ほどが集まった教室で最初に校長先生が『うちの生徒が申し訳ありませんでした』と謝罪しました。
その後、加害者と保護者は廊下で待機。
教員立ち会いのもと、母親と弁護士の待つ教室に加害生徒とその保護者が一組ずつ入ってきて話し合いを行いました。
爽彩さんが公園で自慰行為を強要された際に、中学生の加害生徒らと一緒に爽彩さんを囲んだ小学生の両親は泣いて謝るケースがほとんど。
しかし、中学生の加害者の中には表向きは謝ったものの、
『私たちは(イジメを)見ていただけ』と言い訳をする者もいた」

 

Y中学校では「音声の録音は禁止」「教員は全員退席」のうえ…

 紛糾したのはY中学校での「謝罪の会」だ。
Y中学校も最終的には弁護士の同席を認め、Z中学校から遅れること2週間、2019年9月11日に会は開かれた。
爽彩さんの母親と弁護士、A子、B男とその保護者がY中学校のミーティング用の教室に集まった。

「音声の録音は禁止され、学校は『弁護士が同席するのなら教員は同席しません』と、最初に学校側の校長と教頭が挨拶だけして教員は全員退席しました。
あくまで学校側は場所を貸すだけということだったようです。
母親が鮮明に覚えていたのは、その場でのA子の態度です。
イジメのことを尋ねても『証拠はあるの?』と逆にこちらに突っかかってきたり、
足を投げ出してのけぞって座ったりと、とても反省している様子は見られなかった。
その様子を見てもA子の保護者は注意することもなく、『うちの子は勘違いされやすい。本当は反省している』と言っていたそうです。
A子の担任の先生が同席していれば、また違ったのかもしれないですが、あまりに酷すぎます。
一体何のために集まったのかよくわからない会だったと話していました」(同前)

お宮参りと百日祝いの記念写真。下のアルバムはエコー写真

 謝罪の会が開かれる前に、爽彩さんは病院を退院。
しかし、医者からはPTSDと診断され、イジメによる後遺症に悩まされた結果、2019年9月に引っ越しをし、X中学校に転校することになった。

 

「Y中学校の教頭先生からは『退院したらまた学校に』と、言ってもらいましたが、拡散されたわいせつ画像を先生やクラスメイトに見られたかもしれないわけです。
そんな中で思春期の女の子が今まで通り同じ学校に通学することができると思いますか。
それにY中学校には加害者もいて、イジメの事実を正式に認めていません。
そんないい加減な学校に娘をまた預けることができる親がどこにいるのか。

 Y中学校は事件後に加害生徒から聞き取った調書を冊子にまとめているのですが、
母親がいくら『イジメの真相を知りたい』と訴えても見せてくれませんでした。
弁護士を通して、学校と市の教育委員会に情報開示請求を何度も行っても、
すべて拒否されています」(前出の親族)

家に飾られている幼少期の爽彩さんの写真

Y中学校の担任教師を直撃「私からはお話することはできません」

 なぜ、Y中学校はイジメの初期のころから真摯な対応をしてこなかったのか。
取材班は4月10日、爽彩さんの当時の担任教師に話を聞いた。

 

――爽彩さんの母親からイジメの相談があったと思いますが、
適切に対応されましたか?

「学校でのことは個人情報なのでお話することができません」

――なぜ、謝罪の会に先生は立ち会わなかったのですか?

「学校でのことは個人情報なのでお話することができません」

――爽彩さんにお悔やみの言葉はありますか?

「すみませんが、私からはお話することができません」

 どんな質問をしても当時の担任から語られるのは、
どこか他人事のような同じ台詞だけだった。
時折、マスクの裏で苦笑いを浮かべていたことに取材班は驚きを隠せなかった。

 

取材班は4月11日、爽彩さんがY中学校に在籍していた当時の校長を直撃した。